ネトゲのおかげで引きこもらずに済んだぼく。

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闇の青春シリーズ

 ぼくは中学時代も高校時代も友達がいなかった。
 部活動もせず塾にも通わず、ただただ家と学校を往復するだけの日々を過ごしていた。

 そんなぼくの趣味のひとつが、ネトゲ(オンラインゲーム)だった。
 『ファンタシースターオンライン(PSO)』が大ヒットし、定額の高速回線ADSLが一般家庭に普及し始めた時代。
 当時中1か中2くらいだったぼくは、Windows版のPSOを熱心にやりこんだ。
 その数年後、『ファイナルファンタジー11』も発売されて、それもそれなりにハマった。
 友達のいない根暗な少年がネトゲにハマって……というのは、ふつうに考えれば引きこもりまっしぐらのコースである。オッズ1.1倍の大本命である。
 でも、ぼくはそうならなかった。
 中学も高校も、カゼを引いたときくらいしか休んだことはなく、ほぼ皆勤の6年間だった。正直、学校生活はぜんぜん楽しくなかったのだが、でもなぜか毎日ちゃんと行っていた。
 いま振り返ってみると、あのときぼくが引きこもらずに済んだのは、ネトゲを通じて、3つの強い自覚を得ることができたからだと思う。
 「コミュニケーションへの自信」と「コミュニティへの嫌悪感」と「親への感謝」である。
 まず、コミュニケーションへの自信。
 ネトゲは他のプレイヤーとパーティーを組んで共闘しないといけないから、当然、コミュニケーションが必要不可欠である。
 言葉ではなく文章での会話とはいえ、そこで求められるセンスは現実の会話にかなり近い。むしろ、限られた文字数で意志疎通をしなければならないという点においては、求められる理解力や伝達力は現実の会話よりハイレベルかもしれない。
 で、ぼくはネトゲでのコミュニケーションがふつうにできた。上手だったかはわからないが、ふつうに知らない人に話しかけて、ふつうにパーティーに誘って、ふつうに連携の打ち合わせをして、ふつうに休憩がてら雑談をして、ふつうにフレンド登録をして別れて、ということができた。
 現実でのコミュニケーション経験が極めて希薄だったぼくにとって、「あれ?ぼくってやればまあまあできるじゃん。あんまり悲観する必要なさそうじゃん」というのは、とてつもない自信になった。
 次に、コミュニティへの嫌悪感。
 ぼくはずっと、クラスや学校全体に存在する「グループ」「派閥」みたいなのが嫌いだった。理由の説明はできなかったけど、とにかく「うわっ、気持ちわるっ」と思っていた。オタクはオタクでグループを作っていたけど、ぼくは同族であるはずのそこにも近づきたくなかった。平等にすべてのコミュニティを「うわっ、気持ちわるっ」と思っていた。友達ができなかった最大の原因はこれだと思う。
 でも同時に、「ぼくのこれって、きっと負け惜しみなんだろうな」とも考えていた。本当はどのグループにも入れないだけなのを、くやしくて認めたくないから「入りたくない」ことにしているんだろうな、と。
 ところが、ネトゲをやって、『チーム』『リンクシェル』といったいろんなコミュニティに出会い、実際にいくつか入ってみたとき、ぼくはまったく同じように「うわっ、気持ちわるっ」と感じた。
 リアルにとらわれない、本来の自分が出せるネトゲでその感覚が得られたことは、とても大きかった。「あ、ぼくは負け惜しみでコミュニティが嫌いなんじゃなくて、そもそもコミュニティというものが致命的に合わない人間なんだな。それならいいや、このまま生きていこう」と開き直ることができた。
 そして最後に、親への感謝。
 ぼくは、物心ついてからいままで、親にいちども怒られたことがない。父も母もきわめて温厚で、とにかく子どもをホメる親だった。
 特に母がそうで、ぼくがやることは勉強だろうが野球だろうがパソコンだろうがゲームだろうがホメてくれた。PSOやFF11といったネトゲですら、「そんな新しいものをすぐ理解して遊べるなんてすごい!」とホメちぎった。ふつうなら、学校生活がうまくいっていない息子が一日中パソコンと向き合いだしたら説教したくなるだろうに。
 でもだからこそ、ぼくは両親のやさしさに甘えながらも、心のどこかで「このままじゃいかんな」と思い悩むことができた。こんなどうしようもなくダメなぼくを一生懸命ホメてくれる親に、人生のどっかでちゃんと恩を返さなきゃいかんよな、と考えることができた。
 じゃあ、いつか恩を返すために、いまなにをすればいいか。
 それは中高生のぼくにはハッキリとした答えは出せなかったけれど、中高生なりに、「うーん。とりあえず、ネトゲだけにハマり続けることはたぶん違うな。ぼくが最終的に生きていくべき世界はそっちじゃなさそうだ」と最低限の気づきは得られた。
 なんでもホメてくれる親だったからこそ、ぼくはネトゲにハマることができたんだろうし、泥沼に沈む前に自発的に出口を見つけられたのだと思う。
 けっこう、どれも紙一重だったと思う。
 たまたま相性の悪い人と多く出会ってしまってチャットがうまくできなかったら自信はつかなかっただろうし、チームやリンクシェルに誘われて入ってみるという経験がなければ自分のコミュニティ嫌いにも気づけなかっただろう。また、ホメてくれない親だったら、ヘンに反発してしまってネトゲの世界にズブズブ入り込んでいた可能性は高い。
 でも、結果論もいいところだけれど、本当にたまたま、ぼくの場合はすべてが最終的にいい方向にいった。
 「オンラインゲーム=ニートや引きこもりを助長する悪い存在」みたいな報道がよくあるけれど、ぼくの場合は逆に、もしあのときネトゲをやらなかったら、そのせいでいろいろなことに気づけなかったら、たぶん高1か高2くらいで自殺していたと思う。ネトゲは間違いなく、ぼくを闇の青春から引き上げるきっかけを作ってくれた蜘蛛の糸だった。
 ぼくは、ネトゲが中毒性や多くの危険性をはらむものであることは否定しない。でも、「ネトゲ=悪」という論調は断固として否定する。
 たとえプレイヤーが未熟な未成年であっても、考えながら、気づきながらプレイできる環境があるなら、そしてやさしく見守ってくれる人がいるなら、ネトゲはすばらしい人生の教材になり得る。

コメント

  1. 名無しのゲーマー より:

    青春シリーズ好き

  2. 名無しのゲーマー より:

    家族にはくっそ恵まれてる上に変に拗らせなかったのか
    親への感謝ってやっぱり成長過程にも必須っぽいな

  3. 名無しのゲーマー より:

    いや、そのまま親に甘えないで自発的にネトゲからの出口を見つけられたのはかなり凄いと思います。
    普通そのままずぶずぶ引きこもりになっちゃいますよ……(経験談
    まぁその辺も含めて運がよかったんだと思います。それも人生。

  4. 名無しのゲーマー より:

    ぼっちがギルドに入って居心地の良さに抜け出せなくなる事はよくあるけどそこにも馴染まなかったのは偉い
    元から一匹狼体質だったんだろうね

  5. 名無しのゲーマー より:

    割と共感できる人生送っていて草、自分はメイプルストーリーが青春だったなぁ

  6. 名無しのゲーマー より:

    ネット定額制が普及した頃だからこそだなぁ
    テレホマンならテレホタイム外にプレイして、請求額を見た親に怒られるw

  7. 名無しのゲーマー より:

    闇の青春シリーズ毎回思うんですが
    本当によくこんな深い闇から脱出したなと
    素晴らしい人生だと思います

  8. 名無しのゲーマー より:

    オンゲの世界ってリアルより本質が浮き彫りになるよね。
    ゲームによるけど大体みんな見た目は美形だし、だから発言がその人の全部になるし。
    実際、本当に変な人もいるから自分を見直すキッカケも多いよね。

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