SNSには「いいね」というシステムが存在する。
その名の通り、「いいね」と思った投稿に対してボタンを押すしくみであり、その数は基本的に公開される。10いいねとか、100いいねとか、あるいは10,000いいねとか。
一般的に、これは多いほどよい。ポジティブな反応が多いとうれしいし、SNSによっては「いいね」が多い投稿が優先的に表示されて目立てる仕様もある。頻繁に「いいね」を集めて「バズる」ような人は「インフルエンサー」と呼ばれ、注目されたり、ありがたがられたりする。
……が。本当に「多いほどよい」のか、という話をしたい。
いや、正確に言うと「多いほどよい」に異論はないのだが、「多いほどよいってことは、少ないのはよくないよね」には断固として異議を唱えたい、という話をする。

『ねこちゃん。』という記事がある。このブログで、2019年に書いた記事だ。とある子猫のぬいぐるみの話。
これは、先に言っておくと、ぜんぜんバズっていない。X(当時Twitter)で8いいねくらいだった。8いいねも充分すごいのだが、当時のほかの記事に比べると少なかった。
でもぼくは、この8いいねには大きな価値があると思っている。あえて数で言うなら、1億いいね相当の価値があると思っている。
なぜなら、ひとりの人生を変えたからである。
当時の『ゲムぼく。』は、まだまだアクセス数の少ないブログだった。
専用サーバーを用意せずとも一般的なレンタルサーバーで充分やっていけていたし、アクセス解析もその気になれば個人個人の動きを追えるかもしれない、というレベルだった。
だから、『ねこちゃん。』の記事に、異常な頻度でアクセスしている人がいることはすぐにわかった。
流入経路も、Twitterのリンクやブログのトップページではなく、記事を直接ブックマークしている。直接来ては、何度も読み返しているようだった。滞在時間も長い。
そしてそれは、1日や2日では終わらなかった。それなりの期間、その人は毎日のように『ねこちゃん。』にアクセスしていた。
しばらくして、その人のものであろうTwitterアカウントを見つけた。
というのも、そもそも『ねこちゃん。』の記事には8いいねしかついていなくて、その8人のうち『ねこちゃん。』の話を延々としている人はひとりだけだったからである。
リプライ(返信)やDM(ダイレクトメッセージ)がぼくに直接来ることはなかったし、検索避けと思しき言い換えが多用されてはいたが、「ほんと好き」「毎朝毎晩読んでる」「この話に出会えてよかった」「私もこういうことが書けるようになりたい」といったツイートが数週間にわたり何度も何度もされていたので、さすがに気づく。この熱量であの記事を気に入ってくれている人が世界に2人以上いるとは考えづらい。図らずも特定完了である。
その人はどうやら、比較的若めの社会人の方のようだった。
なぜ記事がそこまで刺さったのかはわからないが、過去に似た経験があったとか、仕事の内容に通ずるなにかがあったとか、そういうことだろうか。
いかんせん直接のやりとりがないので、よくわからない。まさかこっちからいきなり「こんにちは! 『ねこちゃん。』の記事をすごく読んでくださってる方ですよね!」と話しかけるわけにもいかないし。
お互いにフォローしていないし、直接のやりとりもない。
が、その人はぼくを知っているし、ぼくもその人を知っている。その人は『ねこちゃん。』以来、ゲムぼく。をたびたび見てくれているようで、いろんな記事にいいねをつけてくれる。いちおう、ファン、と言ってもよいのだろうか。
そんな関係がずっと続いた。いまもだいたいそんな感じだ。
しかし最近、変わったことがひとつあった。
その人から、ついにメールで連絡が来たのだ。正確に言うと、その人はその人だと名乗ったわけではないのだが、文面からして、ぼくは明らかにその人だと判断した。
少しのやりとりののち、空気を読みながら「もしかして……」とおそるおそる切り出すと、「そうです」となり、許可をいただいたうえで、いまこの話を書いている。
その人の連絡内容は、おおむね下記のようなものだった。
「ゲムぼく。さん、書籍発売おめでとうございます。私は、ゲムぼく。さんのブログをきっかけに、趣味で日記やエッセイのようなものを書くようになった者です。偶然ながら、ゲムぼく。さんの書籍発売とほど近い2025年10月に、小さいエッセイですし副業のおこづかいレベルですが、夢だったライターデビューが決まり、筆を執らせていただきました」
その人は、2020年ごろからnote(ノート)というサービスで日記やエッセイのようなものをときどき書き始めたらしい。いまは媒体を変えたが、引き続き週1以上のペースで書き続けているそうだ。
それを5年間コツコツ続けた結果、おそらくいいものが書けて、実力もついたのだろう。ついに、あるメディアの方の目にとまり、「うちで書いてみませんか」となったらしい。
それが連載なのか単発なのか、どういうものなのかまではよくわからないが、すごい話だし、めでたい話だ。
そして、その人が5年前noteを書き始めるきっかけになったのが、『ねこちゃん。』。
ほかの記事よりもずっと少ない、8いいねだけがついた、『ねこちゃん。』だった。
「じゃあ、同業者ですね! お互い、仲間でもあり、もしかしたらライバルでもあり。がんばりましょう」
その後、メールを数往復して、その場は終わった。
さすがコラムのお仕事をやる方だけあって、読み手への思いやりとリズム感にあふれた文章だった。
なお、このエピソードを記事化するにあたり、お名前やSNSのIDを記事に載せてもよいですか、と聞いたら、それは断られた。
それだとどうしても現時点での知名度の関係上、『ゲムぼく。』の力を借りたみたいになってしまう可能性があるから、それはしたくなくて、まずは自分の力で人の心を動かしたい、とのことだった。それこそ、なにも知らずに読んだ『ねこちゃん。』が私の心を動かしてくれたみたいに、と。
なるほど、たしかに。浅慮だった。
ぼくも同じ立場だったら、同じことを言っていただろうな。ぼくの記事に深く感銘を受けてくださっただけのことはあって、ぼくと思想が似ている部分もちょっとあるのかもしれない。
「仲間でもあり、もしかしたらライバルでもあり」とは言ったが、これは思ったよりはるかに早く、強力なライバルになる可能性があるぞ。
ここまで読んでいただくと、ぼくが冒頭で「この8いいねには1億いいねくらいの価値がある」と言った理由がおわかりいただけると思う。
誇張でも強がりでもなく、本当にそれくらいあると確信している。
現代のSNSでは、「ちょっと気に入った」も「人生が変わりました」も、等しく「1いいね」だ。
もちろん、価値観は人それぞれだから、「いいね」は多いほどいい、いいね数こそが正義だ、という考え方もあってよい。むしろそれこそが主流だろうし、世の中が向かおうとしている方向性だろう。
でもぼくは、1万いいねより10万いいねより、8いいねのほうがうれしいこともあるのだな、という経験をした。
いいね数が正義の世の中だが、だとすればぼくは正義じゃなくていい。
もしかしたら、あなたのSNSにも「その人」はいるかもしれない。
あなたが「きょうの投稿はいいねが○件しかないな……もっとつくと思ったんだけどな……」と嘆いているとき、その○件のなかには、あなたに心動かされ、ひそかにあなたの大ファンとなり、あなたのおかげで人生が変わりつつある人がいるかもしれない。数字としては1いいねだけど、気持ちとしては1億いいねを押してくれている人がいるかもしれない。
だから、いいねが思ったより少ないことを嘆かないほうがよい。0ではない以上、いいねをつけてくれた人に感謝したほうがよい。
誠に勝手ながら、実体験がある身としては、心底そう思う。
ぼくはつねづね、「10,000人に1回ずつうっすらウケる記事よりも、1人にしかウケないけどその1人に10,000回ぶっ刺さる記事のほうが絶対おもしろい」と言っているのだが、その考えは今回のできごとを経てさらに補強された。
『ゲムぼく。』はつねに後者の記事を書きたい。次はあなたをぶっ刺しにいきたい。
あなたは、誰をぶっ刺しにいきますか。





コメント
月の始まりにふさわしい爽やかな気持ちになった
良い話だった
「その人」に感化されたかのように純粋な筆力だけで勝負してる記事
粋だね
ゲムぼく。がプロの文筆家である事を思い出させてくれる記事
ゲムぼくの…なんて言えばわかんないけど…こういう文章、心がずっとあたたかくなるから好き
他人の人生を良くしたなら、そろそろ偉人なんじゃねぇかな
偉人には変人エピソードもつきものだし
その人もゲムぼく。さんも素敵だなあ
ねこちゃん。の記事、自分も好きです
ゲムぼく。さんとお子さんの優しい心と愛情が溢れていて読むと自分も優しい人間になるぞ!と思えるんだよね
ゲムぼくの人生カテゴリーは本気の良い話揃いなのでおすすめ
毎日これなら人に見せられるブログだったのに…
配信や先日のイベントでも時折話されている「1いいね」の話ですが、割と自分のインターネット人生が変わるレベルで刺さってます。
どこかでその方の文章が読める日を楽しみにしています。
1つの数字では見ること出来ない人の感受性の違いと温かさ触れる良い記事記事でした
これからも応援しています
他の記事も見ていきます
ゲムぼくは4月1日と10月1日に急に真面目になる事で知られているんだ
毎月1日はゲムぼく。人生デー
泣いた。誰かに刺さるように、活動これからも頑張ります。
Xのサムネで「あの記事の写真だ!」とわかりました。トイレでこっそり泣いている娘さんの描写がとても印象に残っています。一度だけ、数回読んだだけの記事でも心にぶっ刺さったまま残っているものが書けるのはすごいな…
「ふとももは太ければ太いほどいいが細いふとももが悪いわけではない」
みたいな話かと思ったらちゃんといい話だったし刺さった
1いいねは1人の人間が押してくれたいいねなんだよな
この記事も素晴らしいけどねこちゃん。も
深く刺さった人がいるのも納得の記事だった
半年ぶりの真面目記事すきだ
5年note続けてるのは本当に凄いな…それで言うと毎日更新のゲムぼくは何者なんだという感じだが
いい話だ…
ねこちゃん。の記事好き
ぎゅっ、と握る手。も同じくらい好き
一年に数回だけ正気を取り戻して本気記事書くの好き
自分がげむぼくさんの記事を見始めた時のことを思い出します。
……いつの間にかムチムチに条件反射するようになってしまいましたが……
2年前くらいから読み始めて、毎日更新を楽しみにしてます。
お子さん達の話だけでなく紳士()な内容や怪文書的な記事でもどこか温かさを感じるのはゲムぼく。さんの人柄なんだろうなぁと思います。
少し前に体調不良からメンタルまで不調になってしまった時期があったんですが、過去の記事を読み返させて頂く事で少し持ち直せました。
いつも楽しい記事をありがとうございます!
これがゲムぼく。さんのいいところなんだよなぁ。いい話を嫌味なく読ませる文才が羨ましい
ゲ ム ぼ く 。 記 事 大 賞 2 0 2 5
ガールズクリエイションの記事とかニッチすぎる大須記事とか
絶対バズらないのによく書くよな~と思いつつ自分にはぶっ刺さってます
ありがとうゲムぼく。
俺たちは正気も狂気も含めてゲムぼくを求めているんだ…
ねこちゃん。の記事は当時リアルタイムで読んで凄く心に残っていて、ゲムぼく。全記事の中でも一二を争うくらいには好き。
そしてその記事が非常にぶっ刺さった人がいてそのおかげで人生が変わったという事があったというのはとても素敵だな。
ちょうど、今日ゲムぼく。さんの本を読み終えて、気持ち良い読後感に浸り、今日の更新を読んで更に補強されました。こういうスタンスは、常に忘れずにいたいですね
本当にこれが今年のゲムぼく大賞でいいかも
もう大賞ってことに今の時点でしておかないか。どうせこの後もむちむちか、あるいはこっちをむちむちにさせてくる飯の話くらいしかしないのだから
>「10,000人に1回ずつうっすらウケる記事よりも、1人にしかウケないけどその1人に10,000回ぶっ刺さる記事のほうが絶対おもしろい」
SF6が流行ってる時にエルフェルトの太もも一本でGGST始めてしかも上手くなってるの思い出してなんか凄い納得してしまった
めちゃくちゃ良い記事でほろっと来てしまった……
その方の書く文章ともどこかで巡り会えたら嬉しい
おっさんになってくると、こういう文章で涙が出ちゃうんだよなあ。
いつむちむちな表現が出てくるのか身構えてた自分が恥ずかしくなる、素敵な記事でした。
書籍二弾が出たら絶対にこの話入れて欲しいな
1イイネの話、本でもあったな
と思ったら思ったよりいい話が飛び出してきてびっくり
気持ちいい記事だ。
自分の趣味で人の人生をいい方向に向けられたら幸いだね。
絵とか小説とかで、ブクマが少ないとかってぼやくひともいるけど、仮に1ブクマしか無かったとして、その1ブクマはゲームのスコアとかじゃない生きた人間ならの反応だからね 大事にしたいよね
こういうものを作ってみたいものだ…
この記事を読んで、ふと長くエタらせていたnoteの記事を復活させて〆ようと思いました。
モチベーションを頂きました。ありがとうございます。
ずっとコメントもせず、
変態バレしたくないのでXでフォローするのも躊躇っていたのですが、初めてコメントします。
とても良い記事でした。ありがとうございます。僕も頑張ります
美しい
不意に真面目なこと言うからびっくりする
書籍にあった話とも通じる部分があって納得出来ました
たまに本気を出すゲムぼく。
いい話
ありがとう。
ありがとうございます。刺さっています。
ちょっと泣いちゃった。
爽やかな読後感の記事だ
半年に一回補充される良エッセイ成分
自分も創作活動してますが
誰かの創作活動のきっかけになれてたら嬉しいですね
その思想だからこそ自由なブログが出来上がってるんだろうな
いい記事
本キンドル版ですが買わせていただきます
これからもがんばってください
ゲムぼく。さんの本領発揮。
ハートフル回
沁みた
今年は記事大賞候補が多いな…
俺も久しぶりにnote更新するか
ゲムぼくありがとう
めちゃめちゃいい記事だった
note書くか
>「10,000人に1回ずつうっすらウケる記事よりも、1人にしかウケないけどその1人に10,000回ぶっ刺さる記事のほうが絶対おもしろい」
ずっとこうであってほしい
このコメントをゲムぼく。さんが呼んでくれるかわからないけれど。
あなたの影響でブログを書いたことがあります。
本業だけではリスクが高い、もっと収入を分散してリスクヘッジしたい、と書き始めたブログ。
毎日執筆、100記事ほど書いて48円しか稼げず、結局辞めてしまいました。
しかし、「なにかを継続する」という土台を作ってくれたのはゲムぼく。さん、あなたです。
今はSNS業界で成功を掴み、今はフリーランスとして幸せに働いています。
ブログを書くきっかけを作ってくれてありがとうございました。
好きなゲームを誰かがプレイしてたら100いいねくらいの気持ちを込めている
よくわからないけど泣いてもた
えー!!!!すごい記事だ!!!!!
感動
「ねこちゃん。」を含めてとんでもないクオリティの記事。執筆に心から感謝します。
へべれけレビューからここに辿り着いたけど内容の落差にびっくり。でも何か惹きつける文章は共通だな、と。ちょくちょく来ます!