終わりある世界の、終わりなき旅。[ゼルダの伝説BotW]

 これまで何本か、「これ、一生遊べるじゃん!」と思えるゲームに出会ったことがある。ニンテンドウ64の『風来のシレン2』、ゲームキューブの『大乱闘スマッシュブラザーズDX』、PCの『シムシティ』などだ。
 それらは、ダンジョンがほぼ無限に生成されたり、対人戦に真の楽しさがあったり、そもそも答えがなかったりして、あらかじめ「終わりがない」ように設計されたゲームばかりであったように思う。
 しかし最近、ぼくは初めての体験をした。
 「終わりがあるのに、一生遊べる」というゲームに出会ったのだ。
 それが、ニンテンドースイッチ『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』だ。
 
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 『ゼルダ』はRPGだ。世界を救う、という明確な終わりがある。
 でも、どうもたどり着く気がしない。ここまで120時間以上プレイしたが、まるで終わる気がしない。
 理由はなんだろう。いろいろありそうだが、3つに絞ってみた。
 ひとつめ。単純に、ゲームのボリュームがとんでもなく多いこと。
 ストーリーの根幹をなすメインチャレンジのほか、祠を探すほこらチャレンジ、さまざまな依頼を受けるミニチャレンジ、マップ埋め、図鑑埋め、コログ探し、料理研究……書き出したらキリがない。やるべきことは究極的に言えばメインチャレンジだけなのだが、やりたいことがどんどん増えていく。
 ふたつめ。これは非常に大きい。
 ハイラルの世界があまりに魅力的で、「終わらせたくない」と思わされてしまうこと。
 
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 ハイラルは美しい。すべての人が、動植物が、魔物が、本当に生きている。
 人々は朝に起き、昼に活動し、夜に寝る。まれに夜を好む人もいる。ショートスリーパーの人もいるし、いつまでも家から出ない人もいる。天気によって過ごし方を変える人もいる。
 街中で剣を構えると、住民はおびえる。門番の兵士はとっさに応戦の構え。酸いも甘いも噛み分けたお婆ちゃんは微動だにしない。さすがお婆ちゃん。
 草に火をつければ燃える。とりわけ枯れ草はよく燃える。木はゆっくりと大きく燃える。木になっていたリンゴは焼きリンゴになるが、早く取らないと燃え尽きてしまう。
 魔物たちは、住居を持ち、生活している。ときどき怠けていることがある。焚き火を囲んで踊っていることがある。異種族間で会話していることがある。武器を置いてぐうぐう寝ていることがある。奇襲をかけるとあわてて飛び起き、武器を探してあたふたすることがある。
 爆弾で攻撃すると、その性質を学習して次から爆風の範囲内に入らないよう回り道してくる魔物がいる。弓矢で弱点の目を突くと、その痛みを学習して次から目を隠すようになる魔物がいる。
 この世界では、すべての命が生きていて、すべてのものに意味がある。プレイヤーであるリンクの一挙手一投足にも、つねになんらかの意味が生まれていく。
 それがとにかく楽しい。目に見える成果が何もなくても楽しい。チャレンジがひとつも進まなくて、むしろハートと矢が減っただけだった日すら、楽しい。楽しいと思わされてしまう。
 
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 そして、みっつめ。プレイヤーの油断や慢心を許さない骨太さがあること。
 120時間プレイし、我が家のリンクは体力が最初の何倍にもなり、強い装備もたくさん手に入れた。また、ぼく自身のプレイングスキルも磨かれた。メインチャレンジもかなり進んだ。
 で、「ああ、来るところまで来たなあ。これってもう、そうとう終盤なんだろうなあ。なんだかさみしいなあ。いまの強さなら、ラスボスだってきっと……」などと感傷にひたっていたら、なんでもない街道のなんでもないトカゲの魔物に5秒で殺された。
 思わず笑ってしまった。
 そうか、そうだった。ここって、そういうところだ。これって、そういうゲームだ。
 終わらせたくないけれど、そうカンタンに終わらせてもくれない。『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』とは、そういうヤツなのだ。
 くやしさを覚えつつも、まだまだ無限に等しい時間をここで過ごせる予感に安堵して、ぼくはソファでJoy-Conを、リンクは馬上で手綱を握り直す。
 今日もまた、我が家のハイラルに日が昇る。
 
 
 

コメント

  1. 名無しのゲーマー より:

    めちゃくちゃやりたくなってくる

  2. 名無しのゲーマー より:

    ネタ系の記事との落差が凄すぎて耳キーンなるで。

  3. 名無しのゲーマー より:

    これはやりたくなる

  4. 名無しのゲーマー より:

    ふつーにやりたくなる。
    (゚Д゚)

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