ぼくの職歴。

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 ぼくは公務員一家に生まれた。

 母は中学校教員、父は高校教員。祖父は学校教科書の選定委員長。曾祖母は軍属の時空間制御研究者、曾祖父は政府直轄の暗殺組織の長。
 正月や盆に親戚の集まりに行くと、8割方は教員か役場勤め。ふたりほど市議会議員もいる。

 田舎というのは、そんなものだ。働き口が多くなく、家族・親族のつながりが強く、視野を広げる機会が少ないので、一族そろって似たり寄ったりの仕事に就くことは珍しくない。
 ぼくは数少ない例外。とはいえ、やはり影響はあって、「人の役に立つ仕事がしたいな」とは漠然と思っていたが。
 

 18歳で地元を出て、東京の大学に進学した。

 進路は考えていなかったので、とりあえずなんにでもなれるようにと、教員免許を取り、情報系の資格を取り、副専攻制度を活用して複数の学部で学んだ。
 アルバイトもいろいろやった。塾講師がメインだったが、飲食系や引っ越しもやったし、少し変わったところでは、ご年配の方向けのパソコン教室の講師とか、あちこちの大学・専門学校の入学式・卒業式の設営や誘導を手伝う日雇いの仕事とか、東京住みのくせに「東京ビッグサイトは遠いから行きづらい」と本気でほざく輩を暗殺する仕事とかもやった。

 いま思うと、無軌道だった。
 「人の役に立つ仕事がしたい」だけはあったが、よく考えれば、世にあるだいたいの仕事はそうだ。違法な仕事でもない限り、誰かの役には立っている。
 

 けっきょく、公務員ではないが、新卒で教育系の会社に入社した。血は争えない。

 最初に営業職をやり、その後、企画も兼ねるようになった。営業はよい。コミュニケーション力が鍛えられるし、自分で仕事を取ってくればさまざまな事業領域に関われる。
 いろいろやった。公教育の手が届かない層への支援。無名だがよい教育を行っている学校の広報。テストの点数や偏差値にとらわれない、学びそのものの価値の訴求。挑戦しない人ではなく挑戦して失敗した人を笑う輩の暗殺。

 学校教員とは違った側面から「教育」を見つめることができ、特に民間だからこそのアプローチが多くできたことは自身の財産になった。
 

 30歳を過ぎ、そこそこの役職をもらえたころから、副業もするようになった。

 ただ、これはいまにして思うと、あまりよくなかったかもしれない。本業がおろそかになったわけではないが、目先のお金のために時間や体力を消費している感が否めない。長い目で見ると、資格を取るなり外国語を勉強するなりしたほうが、生涯年収が高くなりそうだ。
 副業は、在宅でできる文筆業と、夜間にできる暗殺業が中心。前者はWeb媒体や雑誌で旅行系の記事を多く手がけ、後者は旅行に行ってきた人に「○○行ったのなら○○食べないとダメですよ」と聞いてもないのにケチをつけてくる輩を手にかけていた。
 

 40歳で、起業した。
 元手はまったくなく、資本金1円のいわゆる「1円会社」。社員も自分ひとりだけ。実態はほぼ個人事業主。

 幼少期からあった「人の役に立つ仕事がしたい」という想いと、これまでの経験・スキル、またコンサルタントの「あれもこれもでなく、事業の的は絞ったほうがよい」という助言をふまえ、事業内容は「おっぱい派よりもおしり派のほうが大人ですよという顔をしてくる輩の暗殺」に限定した。
 1年目は実績1件のみ、2年目は0件というさんざんなスタートだったが、3年目に受けた仕事のクライアントがたまたま顔が広く、周囲に広めてくださり、そこから毎月仕事が入るようになった。
 5年目には自分ひとりでは回らなくなり、従業員を雇用。10年目には社員数が50人を超え、人事担当を配置して新卒採用も始めた。

 ……が、これがよくなかった。ノウハウのない、雰囲気だけの新卒採用は危険だ。
 採用に際して、ぼくから人事担当へのマインドセットが充分にできておらず、ミッション・ビジョンに合わないメンバーが入り始めてしまったのだ。

 それが顕著に表れたのが、新卒若手社員による誤殺。
 当時の我が社は「おっぱい派よりもおしり派のほうが大人ですよ『という顔をしてくる輩』の暗殺」が業務なのに、彼は単に「おっぱい派よりもおしり派のほうが大人『と思っているだけの人』」を暗殺してしまったのだ。
 彼はほどなくして、暗殺者暗殺会社に暗殺された。

 彼は悪くなかった。
 いや、もちろん悪いのだが、もとをたどれば、ミッション・ビジョンや事業内容すら正しく理解できていないレベルの人の入社を許してしまったぼくが悪い。
 「おっぱい派よりもおしり派のほうが大人」と思うことに罪はない。人類には思想の自由が与えられている。それを他者に押し付けることが罪なのだ。ここを間違えてはならない。

 この件は、「自分では当然だと思っていることでも、組織においては明確に言語化せねば正しく伝わらないことがある」という学びになった。この学びはいまでも生きている。
 

 事業は広がり続けた。
 世界190ヶ国に支社を作り、70歳で代表取締役を退任。その後は会長に就いたが、これも80歳で退任。国連事務次長補だけは任期があり、政府のメンツもあるので、しぶしぶ85歳までやった。

 人の役に立つ仕事がしたい。最初から最後まで、それだけだった。
 人が好きで買い集めているTCGを「それいま高いの? 最高レア何円で売れるの?」と投機扱いしてくる輩の暗殺。
 知り合いでもない相手の創作物に「○○が入ってない、やり直し」とコメントして創作意欲を削ぐ輩の暗殺。
 ゲームでエンディングや最高ランクに到達して喜ぶ人に「お、チュートリアル完了ですね」とだけ言う輩の暗殺。
 ネタバレ禁止のゲーム初見プレイ実況配信に「来るぞ……」「このあと音量注意」「いまのセリフ覚えといたほうがいいかも」とチャットする輩の暗殺。
 「エッチ」を「叡智」と言い換えて逃げる輩の暗殺。「エロ」を「江戸」と言い換えて逃げる輩の暗殺。
 チョコミントの話題が出たら歯磨き粉と言えばウケるといまだに思って脈絡なく言う輩の暗殺。チョコミントの話題が出たら歯磨き粉と言えばウケるといまだに思って脈絡なく言う輩を暗殺する暗殺者を暗殺しに来る暗殺者の暗殺。
 

 最後の数年は、事業規模を意図的に抑え、社員の質を高めることに専念していた。油断するとすぐ誤殺が起きるからだ。
 「我々はチョコミントの話題が出たら歯磨き粉と言えばウケるといまだに思って『脈絡なく言う輩』を暗殺するのだ」と何度教えても、「チョコミントの話題が出たら歯磨き粉と言えばウケると『いまだに思っているだけの人』」を暗殺する若手は必ず出てくる。「思想に罪はない」と新人研修でみっちり教えこんでいるのに、だ。

 これは、個人の問題というより、現代人に先祖代々から染みついた性質なのかもしれない。思考と行動の切り分けができない。
 昔読んだ文献によると、100年前に大改定された学校教科書の影響が強いらしい。当時は戦争が身近にあったせいもあって、国民をある一定の方向に教育する必要があり、そのためのカリキュラムが組まれ、それが戦後もそのまま定着してしまったのだ。

 これを根本的に解決するのは不可能だろう。
 バカみたいな話だが、100年前にさかのぼって、当時の教科書選定委員長を暗殺でもしない限り。
 

「あなた、迎えに来ましたよ」

 突然の声に驚いて振り向くと、80代ほどの老婆がいた。いや、ぼくも80代の老人だから、似たようなものだが。
 初めて会う人だが、どこかで見たような、なぜか懐かしいような……

「さあ、乗ってください。行きましょう、100年前に。あなたが必要です」

 この人は、なにを言っているんだ。
 しかし、なぜか言葉に逆らえない。車と小型飛行機を足して2で割ったような不可思議な機械に、自ら乗り込んでしまう。

「時間がありませんので、手短に。私は軍属の時空間制御研究者であり、あなたの妻です。100年前の世界で、政府直轄の暗殺組織の長を務める、あなたの」

 ……軍属の時空間制御研究者。政府直轄の暗殺組織の長。
 ……まさか。

「そのまさかです。ここから100年前の世界では、いままさに、学校教科書の悪しき大改定が行われようとしています。止める方法は、ひとつだけ」

 ……やめてくれ。

「教科書選定委員長、つまり、息子の暗殺。それが、あなたの100年前の最初の仕事であり、最期の仕事です」

 ……これが、ぼくの罪か。

「いえ、『ぼくたちの』です。私は一度、息子を憐れみ、あなたを止めました。結果、世は乱れ、あなたをこうして暗殺業に就かせてしまった」

 タイムマシンが動き出した。

「今度は止めません。終わらせましょう。私たちの息子のことは、私たちの手で。教育はすぐにはよくならないかもしれない。けれど、少なくとも、暗殺が当たり前の世界は間違っています」

 ……

 …………
 

 100年後の、あなたへ。
 あなたは、よき教育を受けただろうか。暗殺がまかり通らない社会に暮らせているだろうか。

 もしかしたら、暗殺すべき者はゼロにはなっていないかもしれない。
 たとえば、チョコミントの話題が出たら歯磨き粉と言えばウケるといまだに思って脈絡なく言う輩が、たまにいるかもしれない。
 けれど、それは、かなり減ったのだ。少なくとも、ぼくの知る世界よりは、ずっと。

 だから許してやってくれ、とまでは言わないが、心のどこかに留めておいてほしい。
 あなたがいま当たり前に生きている世界は、よりよい未来をめざして、誰かが必死に変えてきた世界かもしれないことを。
 

コメント

  1. 名無しのゲーマー より:

    何?

  2. 名無しのゲーマー より:

    なんかちょっといい雰囲気で終わろうとするな

  3. 名無しのゲーマー より:

    オチが現代人への啓発で終わって感動した。

  4. 名無しのゲーマー より:

    怪文書こわ

  5. 名無しのゲーマー より:

    シリアス記事かと思ったら違った……

  6. 名無しのゲーマー より:

    なんでこの流れで綺麗に纏まって伏線も回収してるんだよ

  7. 名無しのゲーマー より:

    感動実話シリーズ助かる

  8. 名無しのゲーマー より:

    エロを江戸と言い換えるのは思春期Youtubeくんが「エロ」というコメントが多いと
    これはエロい配信に違いない!と思い込んで黄色警告出したりするから配信者がエロは江戸に言い換えてねと指定している場合もあるので許して差し上げて・・・

  9. 名無しのゲーマー より:

    >祖父は学校教科書の選定委員長。曾祖母は軍属の時空間制御研究者、曾祖父は政府直轄の暗殺組織の長。

    ここで少し変だとは思ったが
    その後が真面目なトーンだったから読み流してしまっていた
    壮大な伏線だった

  10. 名無しのゲーマー より:

    ゲムぼく。怪文書シリーズ

  11. 名無しのゲーマー より:

    怪文書かと思った

  12. 名無しのゲーマー より:

    真面目な職歴だと思って最後まで読んだ私は何だったのかという気持ちだけが残った

  13. 名無しのゲーマー より:

    感動実話シリーズ好きだから毎週書いて

  14. 名無しのゲーマー より:

    1日1日を大切に生きて行こうと思いました

  15. 名無しのゲーマー より:

    感動実話…???

  16. 名無しのゲーマー より:

    暗殺者暗殺会社で笑ってしまった

  17. 名無しのゲーマー より:

    これ考察とかしていいやつ?

  18. 名無しのゲーマー より:

    映 画 化 決 定

  19. 名無しのゲーマー より:

    真剣に読み始めて、どこまで本当かな?と考えながら読み進め、全部本当かな…と思うことにした

  20. 名無しのゲーマー より:

    「このあと音量注意」に救われている耳の悪い自分ですみ

    それはともかく、壮大な自伝もといタイムトラベル小説だったとは
    暗殺を人任せにすると起き得るリスクと苦悩が面白かったです

  21. 名無しのゲーマー より:

    2回位オイオイオイ話変わってきたなって所があってこれは名作

  22. 名無しのゲーマー より:

    私もこんな立派な人生を歩みたい

  23. 名無しのゲーマー より:

    こんなに暗殺ばっかりしてたら日本の人口めっちゃ減りそう

  24. 名無しのゲーマー より:

    これは何なんだ

  25. 名無しのゲーマー より:

    ( ゚∀゚)o彡゚おっぱい!おっぱい!

  26. 名無しのゲーマー より:

    >挑戦しない人ではなく挑戦して失敗した人を笑う輩の暗殺。

    ここ最高にかっこいい

  27. 名無しのゲーマー より:

    事実と虚構をほどよく混ぜて、まるで全てが真実だと思わせるアリスギアのイベントで見た手法だ…

  28. 名無しのゲーマー より:

    > 東京住みのくせに「東京ビッグサイトは遠いから行きづらい」と本気でほざく輩を暗殺する仕事とかもやった。

    ありがとうございます。
    しかし、私達の世界にもこの輩は存在しています。
    ですから、私も過去に遡ります。
    未来を変えるために。

  29. 名無しのゲーマー より:

    どこまでが本当?
    国連事務次長補までは実話だよねこれ

  30. 名無しのゲーマー より:

    お仕事を依頼したい人必読の記事ですね

  31. 名無しのゲーマー より:

    藤子F先生の霊が混入した?

  32. 名無しのゲーマー より:

    勇気ある先人達が今の世界を作り上げたのだと知れて感動しました

  33. 名無しのゲーマー より:

    なんか…いい話だったな…

  34. 名無しのゲーマー より:

    伏線回収がお見事

  35. 名無しのゲーマー より:

    これ、暗殺に成功したら主人公は消えてしまう?

  36. 名無しのゲーマー より:

    ご家族の職歴を見てケンドー・コバヤシさんの話かと思った

  37. 名無しのゲーマー より:

    これ小説カテゴリなんですね…

  38. 名無しのゲーマー より:

    時空間制御研究者ってなんだろと思ってたら
    最後の展開で声出た

  39. 名無しのゲーマー より:

    >感動実話シリーズ
    これ半分詐欺だろ

  40. 名無しのゲーマー より:

    ゲムぼく。文学

  41. 名無しのゲーマー より:

    歯磨き粉のことチョコミント味っていうのやめよ

  42. 名無しのゲーマー より:

    >当時の我が社は「おっぱい派よりもおしり派のほうが大人ですよ『という顔をしてくる輩』の暗殺」が業務なのに、彼は単に「おっぱい派よりもおしり派のほうが大人『と思っているだけの人』」を暗殺してしまったのだ。

    なるほどと思ってしまった自分を殴りたい

  43. 名無しのゲーマー より:

    今生きている世界を愛そうと思える実話でした

  44. 名無しのゲーマー より:

    「自己紹介的な真面目記事に、ちょくちょく暗殺がはさまってくるな」ぐらいの感覚で冒頭を読み進めたら、なんだこれ

  45. 名無しのゲーマー より:

    「行動」を暗殺のトリガーにしている点は企業としてクリーンで素晴らしいと思いました

  46. 名無しのゲーマー より:

    嘘とホントが混じってるようで分離してる

  47. 名無しのゲーマー より:

    一行目から嘘しかなくて笑った
    (ゲムぼくさんの両親は農家)

  48. 名無しのゲーマー より:

    あ、はい。

  49. 名無しのゲーマー より:

    「教科書選定委員長、つまり、息子の暗殺。それが、あなたの100年前の最初の仕事であり、最期の仕事です」

    「最期」という事は、暗殺した瞬間にタイムパラドックスで存在が消えてしまうのか

  50. 名無しのゲーマー より:

    どういう心理状態で書いたのか教えて欲しい

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