(この記事は、Skebテキストのリクエストの納品物をブログ記事化したものです。)
「なるほど、たしかにそう考えると辻褄が合うな」
「でしょ? さっきのデータも含めて考えると間違いないと思うよ」
「ありがとう、リアン。ずいぶん助かったよ。急に呼び出して申し訳なかったけど」
「いえいえ! この超天才美少女刑事リアン、ワトソンのお呼びとあらば即参上だよ」
「そういえば、リアンはさ」
「ん~?」
「俺の呼び方がコロコロ変わるよな」
「えっ? ……えっ、そう?」
「うん」
「そ、そうかな? 気のせいじゃない? へへへ……」
……
あれは、どういう意味だったんだろう。
困ってるのかな。わかりやすくしてくれ、ってことなのかな。
考えたこともなかったなあ。呼び方がコロコロ変わる?
ええっと、私は……みんながいるときはいつも「司令官」って呼んでると思うけど……ふたりきりのときの話かな?
でもそのときも、司令官って呼んでるし……あ、でもきょうみたいに「ワトソン」って呼ぶこともあるか……「君」とかも……いや、でもそれは……
「司令官、司令官! もう、司令官どこなの? もういいの。勝手に開けてペンギンたちにあげちゃうの。せっかくのパーティーなのにペンギンたちのご飯がいつも通りじゃかわいそうなの」
司令官。そうだよね、司令官、だよね。
私もいつもそう呼んでると思うんだけどな。ほかに好きな呼ばれ方があるのかな。
「イヒヒ……ご主人様の大好きな香りを混ぜ込んだ特製ケーキ……これをデザートにお出しすればきっとご主人様も……ヒヒヒ……!」
ご主人様。フェアリーシリーズやコンパニオンシリーズの子たちは、よくそう呼んでるよね。
うーん、でも私は……さすがにキャラじゃない、かな? 茶化して呼ぶにしても、ちょっと違うよね。
「お兄ちゃん、どこ行ったんだろ? リアンお姉ちゃん、知らない? お兄ちゃんに少し前に渡したプレゼント箱、そろそろ爆発するから回収したいんだよね」
お兄ちゃん。「お兄ちゃん」は、「ご主人様」以上に私のキャラじゃないよね……
けっきょく、なんて呼ぶのがいいんだろう。正解なんてなくて、自分で決めるしかないのはわかってるんだけど。
でも、私にとって司令官は、司令官でもあるし、友達でもあるし、それに……
「新開発の薬品でびっくりさせようと思ったんだけど、スイッチを切り忘れちゃってて。リアンお姉ちゃん、聞いてる?」
「えっ!? あっ、ああ、ごめんね。ちょっと探してくるね」
見当はつく。
すでに、司令官のことを探している人は何人か見た。あの子たちの目的と性格、ふだんの行動範囲をふまえて考えれば、まだ探されていない場所は想像しやすい。
あとは、司令官の状態しだいかな。なにも言わずに長時間いなくなる人じゃない。きっと、パーティーに少し疲れて、人目につかないところで数分だけ風に当たりに、ってところかな。
だとすると……
「あ、やっぱり。いたいた」
「……リアンか。どうしたんだ?」
「ん〜ん、なんでもないよ。ここにいるかな、って思っただけ」
隣に立ち、ふたつ持っていたグラスのひとつを渡した。
デッキの手すりに乗せたひじがかすかに触れ合う。いつもより高いヒールを履いたから、思ったより顔が近い。あわてて視線を星空に向けた。
「ただのお水だけどね」
「ありがとう、リアン。いただくよ」
リアン。司令官は私をいつも「リアン」と呼ぶ。
「なんで」
「ん?」
「なんで私のことをリアンって呼ぶの?」
「えっ? 考えたこともなかったな。リアンはリアンだから、としか」
「じゃあ、なんて呼ばれたい? 私に」
リアンはリアンだから。
なら、司令官は? 私は、司令官が私のなんなのかを、決めきれてないってことなのかな?
でも、たしかに難しい。司令官だし、友達だし、それに……
なんて呼んでほしいのか、いっそ教えてくれれば……
「うーん、特にないかな。コロコロ変わってほしい」
「あ、また言った。前も『コロコロ変わるよな』って言ってた」
「うん。そこが好きだから」
「変じゃない? それが好きって言うの」
「リアンは優しいから。きっと、自分がこう呼びたい、じゃなくて、相手はどう呼んでほしいのかな、っていつも考えてるだろ」
「そうなのかな」
「だと思うよ。自分が先じゃなくて、相手や状況に合わせて呼び方を変えてくれてるのが伝わる気がして、好きなんだ」
そっか、そうなのかな。
そうなのかもしれない。呼びたいから呼ぶって考え方は、たしかになかったな。
「みんなといるときや任務中は『司令官』って呼ぶだろ。でも、ふたりのときにある『君』とか『ワトソン』とかも、俺はけっこう好きなんだよ。あとは、呼んでくれたのは一度きりだけど、この前の夜、あのときに『あなた』ってーー」
「わわ、ストップストップ。やめてよ。わかったから、説明するのやめようよ。恥ずかしいよ」
いい意味だったんだ。「コロコロ変わる」って。
ガラにもなく少し悩んじゃったけど、私だけだって考えたら、うれしくなっちゃうな。
決まった呼び方がないのが、私の呼び方。ちょっとかっこいいんじゃない?
「あ、そうだ。さっきドクターが、渡した箱がそろそろ爆発するから早く戻してくれって探してたよ」
「えっ!? ドクター、またそんな仕掛けを……あ、リアン、それでわざわざ探しに来てくれたのか」
「そうかもね。早く行ってあげたら? ほかにも待ってる子たちがいたよ」
「わかった。リアンは?」
「ん〜? せっかくだから、もう少しだけ風に当たっていこうかな。先に行って大丈夫だよ」
「……リアン、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「そのドレス、とても似合ってるよ。綺麗だ」
「……ありがと。パーティーが終わったあと、部屋でまたじっくり見てくれる?」
「もちろん」
「ふふっ、楽しみにしてるね。あなた」
私から頬にキスをして、遠ざかる背中を見送った。
高いヒールを履いてきて、よかった。いままでよりもっと、近くなれたから。
コメント
毎月1日のイベントにするな
昨日の今日で急にいい話ぶち込んでくるのやめろ
リアンちゃん慈悲深すぎて好き…
うわぁ!急にまともになって名SS流して来るなぁ!びっくりするだろ!
昨日の狂気の妄想日記からの今日の秀逸リアンSSは振れ幅デカ過ぎなんだわ…
しかしエンプレスを無理なく入れてくる辺り本当にペンギン狂いだなと思う
良い話でほっこりしたなぁって気持ちが半分と、前記事に(この記事は、Skebテキストのリクエストの納品物をブログ記事化したものです。)この文章無くて恐怖の気持ちが半分あるけど、どうしたらいいの…
うおおおおお!!!
リアン!!!!!!
うおおおおお!!!
流石の解像度、伊達に今まで奇声を上げてないな(後方彼氏面
最後のヒールの一文とても乙女
でもなぜだろう、時々ジーコサッカーがチラつくんだよな。
おうその熱い夜の続きを早く書くんだよ
いつトンチキ展開に転じるのか警戒しながら読んでしまった
急にマトモになるんじゃない
記事を出す順番以外は完璧な男
これは誓約済みですわ
リアンは友でありパートナーであり正妻だからね
呼び方バリエーション最多なのも当然よ
誓約したら「旦那様」って茶化してくれるセリフも増えるぞ!
リクエストした九十九です!
素晴らしい…リアンちゃんのSSありがとうございます!
リアンちゃんへの愛が感じられるSSでした…
リアンの名探偵ぶりがさりげなく発揮されてるの好き
とてもいいSSなのに昨日との温度差で風邪引く
自分が誰の記事を読んでたのかコメント欄に到達するまで忘れてた。名作じゃん!
いい話なのに上がってるのがこのブログなせいで
いつドラゴンカーセックスが始まるか警戒しないといけない
エンプレスと言わずに明らかにエンプレスを登場させてるの凄い
昨日との温度差で整っちゃったじゃん
「もろちん」と誤植してないか2度見してしまった
父親と物書きとピョンテのケルベロスか?
そう言えばグラシアスもだったけど女性視点なのが凄い
多重人格が活かされてるな
文才の有効活用
とても良いSSでした。
リアンちゃんの優しさと、立場の特別さが詰まってて…
リアンちゃんだけ司令官を色んな呼称で読んでいるのは確かに目から鱗でした!
解釈の解像度が高すぎて感動です!
ありがとうございました。
さすがドラゴンカーセックスを超感動的短編に消化する男だ解像度が違う(支部参照)
虚淵みたいに投稿してラストオリジン同人S Sを流行らせろ!
前回との話しの落差がありすぎて、安楽死するタイプのジェットコースターなんよ
前の記事との落差で風邪引きそう
そのうちアイシャ81号を名乗るおじさんから正式に小説版の依頼が来そう
これが賢者タイム中の創作物か
短篇まとめて同人誌にして頒布してほしい