ねこちゃん。

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 娘と息子が1歳のとき、子猫と子犬の小さなぬいぐるみを買った。

 双子の育児はやっかいで、Aの泣き声でBが起きる。Aが泣き疲れて眠るとBが泣き出す。その泣き声でAが起きる。そんなループが続く。親の心身はゴリゴリ削られる。
 藁にもすがる思いで買ってみたのが、ぬいぐるみだった。この子猫と子犬が、なんらかの形で赤子の心の癒しになって、ときどきでいいから一家全員がぐっすり眠れる瞬間が訪れてくれれば。

 名前は「ねこちゃん」と「わんちゃん」。そのまんまだ。なんとなく呼んでいたら、そのうち定着した。
 ねこちゃんは娘、わんちゃんは息子。
 初めにぬいぐるみを並べて置いたら、それぞれそうやって手に取った。1歳児に、どこまで自分の意思があったかはわからない。適当に取っただけかもしれない。

 でも、ねこちゃんわんちゃんは驚くほど双子になじんだ。彼らは毎日のように一緒に寝て、起きれば一緒に遊んだ。
 ご飯のときには食卓に置いて「ねこちゃんがみてるから、がんばってたべる」と言うようになった。トイレトレーニングでは「わんちゃんとおしっこいく」と言うようになった。家族で出かけるときにはぼくに行き先を聞いて、「そこはねこちゃんがまだいったことないところだから、つれていってあげていい?」と言うようになった。

 もの言わぬ1,500円程度のぬいぐるみだが、それは彼らにとってはおそらく家族だった。
 なんせ、物心つく前から一緒なのだ。汚したりよだれを垂らしたり投げつけてしまったりしたこともあるけれど、愛着を持つのは自然なことだ。
 

 4歳のある日、娘のねこちゃんがいなくなった。
 ねこちゃんを連れて遠出をした日だった。気づいたのは家に着いてお昼寝をして、暗くなったあとだった。
 どこでなくしたのか、わからない。可能性が多すぎる。とても探しきれるものではなかった。いちおう、近所だけでもと辿ってみたが、なかった。

 娘は泣かなかった。ただ無言だった。
 夜風で冷えた手をつないで歩く。ぼくが「ねこちゃん、どこにいるのかわからなかったね」と言うと、黙ってうなずいた。「でも、誰かが拾ってくれて、大切にしてくれてるかもしれないね」と言うと、これも黙ってうなずいた。「ねこちゃん、元気にしてると思うよ」。これも、黙ってうなずいた。

 そのあと娘は、家の中で息子とふつうに遊んだ。お人形遊びをしたり、レゴを作ったり、スマブラで対戦したり。その様子は驚くほどいつも通りで、子どもって切り替えが早いんだな、と感心した。

 遊びの途中、娘は「おしっこいってくる」と言い、トテトテとトイレに走った。
 思い返せば、あのときトイレに向かう廊下の電気は消えていた。いつもなら「こわいからパパいっしょにきて」と言うはずだが、そういえば言わなかった。

 あれ?おしっこにしては、ちょっと長いな。
 ひょっとして、お腹が痛くなったのかな?それか、トイレットペーパーが切れてて困ってるとか?
 気になって、トイレのドアを「大丈夫?」と言いながら開けた。

「ねこちゃん、ごめんね。ねこちゃん、ごめんね。ねこちゃん、ごめんね」

 娘は泣いていた。ペーパーホルダーの横にある、小物置きの台に手をあてて、いつもねこちゃんを置いていた台に小さな両手をあてて、小さな声で泣いていた。手と声に見合わない大粒の涙がボロボロ落ちていた。足元には涙の水たまりができていた。

 ぼくは声が出なかった。かわりに涙がつられてボロボロ出た。娘を背中からぎゅっと抱きしめて、そしたら娘はようやくぼくに気づいて、今度はぼくに抱きつきながら、うわーん、と大きな声で泣いた。初めて大声で泣いた。

 たぶん、いろいろ重なっていたのだろう。
 自分でねこちゃんを連れ出して、自分でどこかに落としてしまった、自責の気持ち。
 双子の弟が見ているときに弱い自分を見せたくない、お姉さんとしての気持ち。
 パパが一生懸命なぐさめてくれてるんだから泣かないようにしなきゃという、親を気遣う気持ち。

 でも、限界が来たんだろう。小さな4歳児が抱え込むには大きすぎたのだろう。

 いいんだ。我慢しなくていいんだ。
 抱え込もうとしたのはすごいことだ。でも、どうか抱え込まないでほしい。そのためのひとりとして、ぼくがいるんだよ。

 難しくて伝わらなかったと思うけど、ぼくは腕の中の娘にそのようなことを語った。娘は、鼻水を垂らしながら、黙ってうなずいた。
 なんだか感動的な場面に聞こえるかもしれないけれど、トイレでやっているのでビジュアルはちっとも感動的ではないことはぜひ付け足しておきたい。

 娘はトイレットペーパーをガラガラとたくさん巻き取って、涙と鼻水と水たまりをキレイに拭いて、念のためと言わんばかりに洗面所で顔も洗って、ドテドテと大きな足音を立てて弟のもとへ戻った。「よーし、つぎはまけないからね!」と大声を出して、スマブラでガオガエンを選んでいた。ひょっとして、ネコつながり、なのだろうか。

 この子はきっと、強くて、やさしくて、かっこいい大人になる。たぶん、親バカではないと思う。
 

いっしょがいいね ビーンズぬいぐるみ(2S) 高さ15cm 白猫
内藤デザイン研究所(Naitou Design)
2011-10-31



 
 

コメント

  1. 名無しのゲーマー より:

    ただの微笑ましい子育て日記で、オチを期待して読み進めたこの気持ちはどこにぶつければいいんですか(

  2. 名無しのゲーマー より:

    こういう話を聞くと、子供っていいなって思う。
    俺も我が子の成長を喜んでみたい。

  3. 名無しのゲーマー より:

    初コメです
    まさかこのブログに泣かされる日が来るとは思いませんでした
    娘さんの気丈な態度が涙をそそります(´;ω;`)何ていい子なんや…
    すぐに立ち直ることができたようでよかったです!

  4. 名無しのゲーマー より:

    おい、どうした?今日から管理人が別の人になったのか?普段との落差ヤバくない?

  5. 名無しのゲーマー より:

    泣いた…
    なんでこんなイチジク浣腸好きな旦那さんの子供が…
    こんなおもいやりのある子に育ったんだ…

  6. 名無しのゲーマー より:

    お、オチは…オチはどこですか…?(困惑

  7. 名無しのゲーマー より:

    読者を混乱させる唐突な感動記事

  8. 名無しのゲーマー より:

    思わず涙ぐんでしまいました。このブログに泣かされる日が来るとは…

  9. 名無しのゲーマー より:

    泣いた。

  10. 名無しのゲーマー より:

    強い娘さんですね。双子でも立派なお姉さん。

  11. 名無しのゲーマー より:

    これがギャップなのか、、、

  12. 名無しのゲーマー より:

    全俺が泣いた(´;ω;`)ブワッ

  13. 名無しのゲーマー より:

    4歳でもうそんなことまで考えるようになるのか
    子供の成長は早いなぁ

    あと相変わらず文章の書き方うまくて感心する

  14. 名無しのゲーマー より:

    うるっと来ました
    小さい子なのに、なんて素敵な強がりなんでしょう
    大人顔負けの強さを持ったお子さんかもしれませんね
    最後のガオガエンでほっこりしました

  15. 名無しのゲーマー より:

    急にこんないい話されるとどんな顔していいか分からない

  16. 名無しのゲーマー より:

    いい話なのに普段の話と違いすぎて困惑の方が出てくるのが困る…

  17. 名無しのゲーマー より:

    あれ……?これイチジク浣腸ブログのゲムぼく……だよな?見るページ間違えたか…?

    泣きました

  18. 名無しのゲーマー より:

    悲しい経験ですが、娘さんは何にも代え難い成長をされたと思います。
    ねこちゃん、誰かに大切にして貰えてるといいですね。

  19. 名無しのゲーマー より:

    一緒に探しに行ってあげてなかったら、一人でこっそり出て行っちゃってたかもしれないですね。例え見つからなくても探した意味は大きいと思います。きっとこの事娘さんは忘れないと思いますよ。

  20. 名無しのゲーマー より:

    泣ける

  21. 名無しのゲーマー より:

    自分を含む(おそらく)常連読者が感動より先に困惑してるのがよくわかる

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