合理の中の非合理が、誰かを救うこともある。[オズ リライト]

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 『OZ Re:write(オズ リライト)』というスマートフォンゲームのアートブックが届いた。
 A4ヨコ・44P・フルカラー。かなり豪華だが、なんと無料。応募者全員プレゼント。

 なぜかと言うと、プレイしていたユーザーへの感謝のプレゼントだからである。
 オズリライトは、この春に終わってしまったゲームなのだ。
 

 2025/08/19サービス開始、2026/04/21サービス終了。8ヶ月と短命だった。

 好きなゲームだった。
 デイリー消化しつつメインストーリーや好きなキャラの個別ストーリーを押さえておく程度のライトユーザーではあったが、2026年2月にサービス終了予告が出るまでは、毎日ログインしていた。
 

 ずっとプレイしていた実感で言えば、サービス開始4ヶ月目にあたる12月ごろの時点で、ちょっと怪しい感じはあった。
 公式SNSなどでの情報発信は活発だったが、肝心のゲームアップデートのペースが明らかに遅くなっていたから。

 おそらく、売上・利益やそれにもとづく経営判断などの事情で開発チームが動きづらくなってしまい、比較的低コストでフットワーク軽く動ける広報チームが奮闘していた、みたいな状況だったのだろう。推測に過ぎないが、そういうケースはBtoC系ITサービスの現場ではよくある。
 で、広報でどうにか粘っている間に経営方針がポジティブに変わって開発チームが動けるようになるか、なんらかの「バズ」などが起きて顧客が増えてくれればよかったのだが、そうならなかったのだろう。これまたBtoC系ITサービスの現場ではよくある。

 そう、よくある。ぼくも経験がある。
 あなたは仕事で、自社や自部署の事業が終わりゆく瞬間に当事者として立ち会ったことがあるだろうか。こういうときの現場の空気感を知っているだろうか。
 

 現場で働いている人に、サービスを終わらせたい人なんかいない。
 言わずもがな、みんな必死である。

 自らの力不足を嘆いたり、運や状況の悪さを呪ったりしながらも。
 1%以下かもしれない奇跡を祈って。あるいは、奇跡とまでは言わずとも、少しばかりの事態の好転を願って。
 使えるお金が減り、動ける人が減り、日々増えていく手枷足枷。徐々に部署内に浸透していく、「死」を受け入れる空気。部署外からの哀れみの目。
 そのなかでも、できることをやる。徹底的にあがく。表では明るく笑って、裏では泣いて吐いて。最後の顧客がいなくなる、その日まで。

 誇張ではなく、本当にそういう感じだ。経験がないと想像しづらいだろうが。
 おそらく、オズリライトもそうだったのではなかろうか。もちろん、違うかもしれないが、少なくともそういう人は少なからずいたはずだ。命を懸けて、とまで言うとおおげさだが、向こう数年のキャリアは捧げる覚悟で集まったチームメンバーが多数だろうから。
 新規事業というのは、そういうものだ。いや、新規事業に限らず、本気の仕事というのは、だいたいぜんぶそうかもしれない。
 

 ここであえて言っておくと、ぼくはオズリライトを全面的にいいゲームだと思っているわけではない。
 好きなゲームだが、気に入った部分とそうでもなかった部分はハッキリ分かれている。

 気に入った部分は、キャラクター、ストーリー、BGM。特にキャラクターとBGM。
 キャラクターはみんな魅力的で、特にメインヒロインのドロシーがとてもかわいい。ぼくは「元気で明るくてバカみたいにうるさい子」と「当たり前に他者より多くの責任と苦労を背負う人」が好きなのだが、ドロシーは両方に当てはまっている。
 BGMはどれも本作の「童話ファンタジー」の世界をよく表したものになっていて、特にタイトル画面の落ち着いたBGMと、データダウンロード時に聴ける主題歌『Rewrite:キミと紡ぐ物語』が好きだった。前者はいまでもアプリを起動すれば聴けて、後者は公式PVを観れば聴けるので、たまに流すことがある。主題歌のフルバージョンがいつか聴きたいとずっと思っている。

 そうでもなかった部分は、ゲームシステム。特に育成・戦闘関連のゲーム性。
 ほかのゲームにたとえるのは好きではないが、わかりやすさ重視であえて言うと、ブルーアーカイブ(ブルアカ)に似ている部分が多かった。それは洗練されているしとっつきやすさもあるが、そもそもブルアカはゲーム性がウリのゲームではないから、そこが似ていてもな……というか、似てるならブルアカでいいしな……という感じだった。

 なので、ライトユーザーとしてメインストーリーや好きなキャラの個別ストーリーを追いかける、という遊び方に落ち着いた。
 全面的にではないが、総合的にはいいゲームだった。そもそも基本無料スマートフォンゲームはゲーム性がそこまで重視されない市場環境もふまえると、「当たる」可能性は充分にあったタイトルだと思う。
 

 ただ、そこは今回の本題ではない。どうでもいい。
 あとから知ったふうに当たった理由や当たらなかった理由をそれっぽく語ることは誰にでもできる。人それを事後諸葛亮と言う。

 ぼくが言及したいのは、あくまで「人」の話。
 数字の事実だけを見れば「8ヶ月で終わった短命のマイナーゲーム」だが、ここに人生の一部を懸けた人たちがいて、みんな一生懸命に努力していたのだという、「人の事実」に目を向けたい。

 そして、そこに目を向けたとき、このアートブックがどれほどすばらしいものか、ということを賞賛したい。
 

 冒頭に述べた通り、このアートブックはA4ヨコ・44P・フルカラーである。紙質もよい。
 紙出版に関わったこともあるのでわかるが、これはものすごくお金がかかる。何千部、あるいは何万部刷ったか知らないが、制作費・印刷費合わせて1,000万円弱はかかるだろう。1,000万円を超えているかもしれない。

 これは、あくまで一般的に考えればだが、経営として合理的判断をするならば、わざわざ作って無料でユーザーに配る理由がない。
 もちろん、「そうすることでユーザーに自社のファンになってもらう」みたいなメリットはあるし、当然それはある程度狙っているはずだが、それだけにしてはお金をかけすぎである。いくらなんでも費用を回収できるわけがない。

 ただ、さきほどの「人の事実」の話に立ち戻ると、もうひとつの利点が見えてくる。
 それは、オズリライトに関わったスタッフたちの「生きた証」としての役割である。
 

 かつて、ぼくがいち若手社員として所属していた部署で事業が終わることになったとき、「16Pの小冊子を作って、お世話になった顧客に渡そう」という取り組みがあった。
 BtoBだったし、部数も少なかったし、ほぼ内製でデザインも凝れなかったが、動きとしてはオズリライトの件とある程度似ている。

 これは、目的としては完全に「自社のファンになってもらう」だった。
 そのサービスは終わるが、市場が大きくないBtoB事業なので顧客との縁は続くわけで、ほかの商品はどんどん買ってほしいし、いつか新サービスが始まったときには信頼して契約してほしい。
 なので、サービスを提供してきたなかで顧客からいただいた感謝の声をまとめたり、特にご愛顧いただいたお得意様のインタビュー記事を作らせてもらったりして、16Pの小冊子に仕上げた。もちろん、将来的に元を取ることを見越した範囲の低予算だったので、クオリティは知れているが。

 その冊子は、ありがたいことにすべての顧客から好評を得た。
 「おっ、うちの社名を載せてくれてるじゃん。ありがたいねぇ」とか、「アフターサービスがしっかりしてて顧客想いだねぇ」とか。
 これはとてもうれしいし、マーケティング的にも狙い通りだった。
 

 ただ、ひとつ計算外のことがあった。
 その小冊子が、部署のメンバーにも大好評だったのだ。というか、ぼくも大好きだった。

 そりゃそうだ。
 一生懸命やってきたけど終わってしまう自分たちの仕事が、形になって残るのだから。その日そのとき「生きた証」を、あのときいたみんなで、ずっと持っておけるのだから。

 会社によっては闇に葬られてもおかしくないものに、ちゃんと光を当てて認めてもらえたような、ありがたみ。
 「私たちが作ってきたものは、そりゃあ、最終的にはうまくいかなかったかもしれないけど、いいところは確実にあって、それで救われた人もいっぱいいたんだよ」と言ってもらえたような、救い。

 かかった人件費なども考慮すると、その小冊子が本当にビジネス的に元が取れたのかどうかはだいぶあやしいが、少なくともぼくを含むメンバー全員の誇りと自信にはなった。
 その後、部署は解体されたが、誰もそれを理由とした退職や休職はせず、そのときぼくの先輩だった人はいまや役員にまで上り詰めている。
 

 これは、ぼくが若手のころのできごとだったが、人生観に大きな影響を与えた。
 会社が不採算事業をたたむのはいつだって合理的判断だが、その合理的判断の下で動くのは、必ずしも合理的な生物とは言えない「人」なのだ。
 もちろん、数字的な成功・失敗はあるけれど、みんな一生懸命に生きていて、みんな認められたいと願っている。そこを忘れてはいけないと思った。
 

 同じように、オズリライトのアートブックも。
 オズリライトに関わった人たちにとって、「生きた証」として誇りと自信になっているといいな、と思う。

 最後まで描くことは叶わなかったけれど、こんな世界を私たちは全力で作ってきて、それを喜んでくれた人たちは確かにいるんだ。
 そして、その人たちと私たちは、この同じアートブックでつながっている。もちろん、毎日開いて読むわけじゃないけど、本棚のどこかには挿してある。
 いつか忘れられてしまっても、みんなの暮らしのどこかに、オズリライトは残るんだ。幼いころに読んだ、童話の絵本のように。

 そうだとしたら、サービス終了という合理的な判断のいっぽうで作られた、どう見ても制作費・印刷費の元が取れない非合理の塊であるアートブックには、ほかの何にも代えがたい価値があると思う。

 合理の中の非合理が、誰かを救うこともある。
 合理的な社会を生きるのは、非合理的な人間だから。
 

コメント

  1. 名無しのゲーマー より:

    ゲムぼく。さんの人生記事、好きです。

  2. 名無しのゲーマー より:

    一生懸命生きてる人絶対応援するマンだ

  3. 名無しのゲーマー より:

    ゲムぼくがバズ狙わずにマイナーゲーム積極的に取り上げるのは
    頑張ってる人に報われて欲しい気持ちが強いんだろうなと思う事がある

  4. 名無しのゲーマー より:

    ふざけてるブログに見えて
    人の人生には真摯なんだよな

  5. 名無しのゲーマー より:

    オズリライト元スタッフの人がいつか大ヒット飛ばしてくれると嬉しいなぁ

  6. 名無しのゲーマー より:

    語彙が無くて感想はうまく書けないけど
    明日からの仕事頑張ろうと思った

  7. 名無しのゲーマー より:

    事後諸葛亮やらないの偉い
    (げむぼくさんは元々そういうタイプをかなり嫌ってそうだが)

  8. 名無しのゲーマー より:

    いい話だった

  9. 名無しのゲーマー より:

    心が温かくなる記事、ありがとうございます

  10. 名無しのゲーマー より:

    こういう記事こそバズるべきだけど現実は違うだろうし
    当たる当たらないって難しいですよね

    「いいものなら売れるなどというナイーヴな考えは捨てろ」
    某ラーメンハゲの言葉を思い出しました

  11. 名無しのゲーマー より:

    心に染みるけど
    普段との振れ幅がありすぎるだろ

  12. 名無しのゲーマー より:

    日曜いっぱい遊んでたゲームで涙腺崩壊してたせいか涙出てきてしまった
    ニップレスの記事読んで涼んでくるわ

  13. 名無しのゲーマー より:

    げむぼくで抜いた。いや、泣いた!

  14. 名無しのゲーマー より:

    ゲムぼく。の根底に流れる「努力が報われてほしい」を感じる良い記事

  15. 名無しのゲーマー より:

    どうかスタッフの方々にこのメッセージが届いてくれますように

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