※この記事は、Skebテキストでいただいたリクエスト(エンプレスSS)の納品物をブログ記事化したものです。
「全棟の解錠が完了したわ。私たちは発電棟と通信棟で使える物がないか探してくるわね」
「わかった。ありがとう、フォーチュン」
トランシーバーの電源を切る。
アンテナ設備が使えるかまだわからない以上、当面はこうした旧式の通信機器に頼るほかない。
「行こうか、エンプレス。これが最後の基地だ」
「了解なの。ここは昔も何度か来たことがあるから、いい物も見つけやすいかもしれないの」
南極。
人の永住が叶わず、ゆえに鉄虫の災厄にも見舞われなかった極寒の地。
南アフリカ近辺を航行中だったオルカ号は、エンプレスの発案によりここで補給を試みることになった。
彼女の話では、南極にはかつてさまざまな国が合わせて数十の観測基地を設置し、調査隊を派遣していたらしい。
当時の保存食や発電・蓄電設備、衣料・日用品が残っていれば、有用な物は多いだろう。また、極地特有の大型通信施設が使えれば、南半球の極地にいるまだ見ぬバイオロイドやAGSにコンタクトを取り、合流するきっかけが作れるかもしれない。
総じて、名案と言える。南極で単身、自然保護任務に長くあたっていたエンプレスだからこその発想だ。
ただ、オルカ号は高出力潜水艦とは言え砕氷船ではないため、上陸には少々手こずったが……
氷を割りながら進む揺れで、数人のバイオロイドは船酔いを起こし寝込んでいた。
「うう……揺れのことはみんなに申し訳ないの。南極の中にずっといたから、外から船で来るのが大変だとは知らなかったの」
エンプレスは生まれこそニュージーランドだが、製造後まもなく南極に送り込まれ、以来ずっと南極全土を転々としながら生態系を保護する活動を行ってきたらしい。密猟者からペンギンやアザラシ、クジラなどを守るための避難誘導や防衛、海洋ごみの除去、観測データの収集など、その仕事は多岐に渡る。
やがて地球のほぼ全域が鉄虫に襲われたが、そもそも人間が定住していない南極は鉄虫の侵略対象にならなかった。
幸か不幸か、彼女は人類がほぼ滅亡したことを知る機会のないまま、主に命ぜられた任務を何年も、もしかすると何十年も続けてきたのだ。それはきっと想像を絶するほどつらく孤独で……
「ここは、日本が作った観測基地なの! 日本の人たちはペンギンが好きで、ほら、司令官! この基地のマークにもペンギンが入ってるの! ペンギンを数える仕事を手伝ってあげて、お礼にご飯を分けてもらったこともあるの!」
……意外と楽しかったのかもしれない。
彼女が指差した居住棟の壁面には、「JAPAN」の文字とともに、ペンギンのヒナが親の脚に挟まって温まっているイラストが描かれていた。南極に多く生息するコウテイペンギンだと思われる。
そういえば、ふだんエンプレスが連れているペンギンたちもコウテイペンギンだ。もっとも、彼女のは1羽だけ原種で、残りはバイオロイドらしいが。
「日本は缶詰の技術力がすごいから僻地でもおいしいご飯が食べられるって、隊長のおじさんが自慢してたの。だからきっと、この中にもいろんな備蓄が残ってるの」
「隊長のおじさんって、南極観測隊か?」
「そうなの。3回くらいしか会ったことはないけど、友達だったの」
「隊長と友達だなんて、すごいな」
「えっへん! 隊長っぽい言葉も教えてもらったの。『第99次南極観測隊、ワレラ南極ニ到着セリ!』って言うの」
「おお、かっこいいじゃないか」
人が離れて久しいはずの基地だが、意外にも積雪は少ない。
季節の関係もあるだろうが、このあたりには日本だけでなくロシアやアルゼンチンの基地も密集しているから、南極大陸でも比較的過ごしやすい気候の地域なのだろう。
エンプレスが扉のレバーに薄く積もった雪を払い、手をかけた。
「おじゃまします、なの」
率先して海に飛び込むファーストペンギンがごとく、ぴょんっ、と両足でジャンプして入る。
楽しそうだ。まあ、エンプレスからしたら、懐かしのお宅訪問だもんな。
「へえ、驚いた。綺麗にしてあるんだな。ついさっきまで人が住んでいたみたいだ」
「日本の人たちは綺麗好きなの。初めて来たとき、入口のマットでぴょんぴょん跳んで足の汚れを落としてね、って言われたの」
「ああ、それでさっきジャンプして入ったのか」
「ううん、それは楽しいからジャンプしただけなの」
おじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに来た小学生みたいだな。
エンプレスの見立て通り、ここには他のどの基地よりも有用な物が多く残っていた。
たとえば、日本食の缶詰が数えきれないほど。これはクノイチ・ゼロあたりが喜びそうだな。
箸やお椀、湯呑みといった、日本の食器もいくつかある。どれも頑丈そうだし美しい。オルカでも使えそうかどうか、ソワンに聞いてみるか。
他にも、日本製の質がよい防寒着、浄水器、蓄電池、医療器具、OBA(酸素呼吸装置)……変わり種では、よくわからないがレトロなテレビゲーム機なんて物もあった。オルカに持って帰ったら誰かは喜びそうだな。
「あとは……これはなんだ? 昔のボードゲームか?」
「それはたしか、キャロムっていうゲームなの。日本の基地で昔から流行ってたらしくて、少し教えてもらったことがあるの」
「そうなのか。どんなゲームなんだ?」
「あまり覚えてないけど、順番にコインを弾いていって、全体を見たり相手を誘導したりしながら、賢く落としていくゲームなの。私はけっこう得意で、隊長さんにも勝ったことがあるの」
意外だな。エンプレスって、そういう頭脳派なゲームに強いイメージはぜんぜん……
「司令官、失礼なことを考えてる顔してるの。わかりやすすぎるの」
バレてしまった。
「全体を見てうまく弾いて誘導するのがペンギンの群れを移動させるときにちょっと似てて、それで得意だったの。これもオルカに持って帰って、みんなでキャロム大会するの! きっと私が優勝なの! えへへ」
最終的に、そうした娯楽・嗜好品も含め、いただく品はかなり多くなってしまった。
キャロムが置いてあったデスクは隊長の執務席だったらしく、脇には数点の書類が積まれていた。
その中にひとつ、かわいらしいペンギンのシールで留められた封筒が混ざっているのが目に留まった。
「ん? これは……エンプレス、ちょっとおいで」
「なになに? なにがあったの?」
「これ、エンプレス宛てじゃないか?」
封筒の表面には筆文字で「エンちゃんへ」とあり、その隣に貼りつけられた付箋には「隊員各位 エンプレスという女の子がここを訪ねてきたら渡して下さい 隊長のおじさんからだと言えば伝わります」と書いてあった。
おそらく、本当は直接渡したかったのだろうが、彼らにもエンプレスにもそれぞれの任務があるし、彼らには任期もある。置き手紙として残して、次期の観測隊員に渡してもらうつもりだったのだろう。
しかし、それが今もここに残ったままということは、けっきょく次期観測隊は来なかったのかもしれない。人類の状況が逼迫し、日本の南極観測は第99期で打ち切られてしまったのだろう。
封筒の中には、2枚の紙が入っていた。
いずれも、基地内のプリンターで簡易的に印刷したと思われる物で、ペラペラの紙だし画質もさほどよくなかったが、保存状態そのものは良好だった。
「これは……写真だな。ペンギンか?」
「あっ! これ、きっとケープペンギンなの! 隊長のおじさん、南極以外にもペンギンがいるって話をしてくれたことがあって、その画像を日本から送ってもらう約束をしてたの! すごい! コウテイペンギンやアデリーペンギンとはぜんぜん顔が違うの!」
そうか。
エンプレスはペンギンの専門家みたいな見た目だが、南極の専門家だものな。南極以外にもペンギンがいると聞いたときは、さぞ驚いただろうな。
「もう1枚の紙は……なんだこれ? 隊員証……?」
そこには、JAPANの文字と、ペンギンのヒナが親の脚に挟まって温まっているイラストとともに、”第99次南極観測隊 名誉隊員 エンプレス”という文字が印刷されていた。
どう見ても本物の隊員証ではない手作り感あふれる紙だったが、エンプレスは静かに両手でそれを抱き上げ、しばし目を閉じ、やがて懐にしまって居住棟を後にした。
「お待たせ。通信設備、ある程度使えそうよ」
「すごいな、さすがフォーチュン。助かるよ」
俺たちが居住棟であれこれ探している間、他の班もてきぱきと動いてくれていた。
成果も上々で、南極での補給作戦は成功と言ってよさそうだ。
「発信テストをしてみたいのだけど、なにか適当な短い言葉はないかしら? 短距離通信で遠くには飛ばさないから、なんでもいいわ」
「はいはい! 私が決めるの! 私、いい言葉を知ってるの!」
ぴょんっ、と両足でジャンプして、オルカのファーストペンギンが声高らかに叫んだ。
「第99次南極観測隊、ワレラ南極ニ到着セリ!」
コメント
もうこれが次の期間限定イベントでいいんじゃないかなって思ってしまった
面白かった
いつ下ネタが出てくるかと冷や冷やしながら読んでしまって複雑な気持ち
また替え玉のゲムぼく用意した?
ちょっと泣いちゃったじゃん
泣ける
エンプレスちゃんの笑顔が脳裏に浮かぶ名文
ゲムぼく。のくせに良い記事書きやがる
たまに泣かせてくるんだよな(なお前回)
エンプレスへの愛がぎっちり詰まったいい作品
おちんちんに詰まった分は昨日使い切っちゃったみたいだが
なんか心にじんわりきた
ドスケベスキンフェスの後に急に泣かせに来るのなんなの…
ドスケベスキンフェスティバルしたあとにこれとか策士ですわ
キャロムって気になって調べたけど本当に日本の観測隊で流行ってたゲームなんだな
元から知ってたのか調べたのか分からないけど凄い読みごたえがあった
すごく良い話だった。ので特に茶化しは無しで
名誉隊員としてその台詞を言う伏線回収は泣けるんよ
これと昨日の記事を交互に開くだけで温度差で風邪引ける
こんなんエンプレス好きになってまうやん
まーたエンプレスで絶頂してんのかって思ったら、風邪引いて涙出て来たわ…
どうした、普通に面白かったぞ
やっぱブログ面白い人は小説書かせても面白いな
最後のオチが綺麗なのが好き
これこそバズるべきだろ
ラスオリ未プレイだけど面白かったぞ
コウテイペンギン以外のペンギンを知らないっていうのが「言われてみればそうやん!」ってなったし面白かった。最後普通に泣きそうになったし、また見てみたい。
見た目で人を判断してはいけない
見た目がペンギンっぽい子は一人じゃないからね
むちむちを見過ぎて全裸の解錠に見えてしまった
どう考えてもこっちを元日の記事に持ってくるべきだったろ
めちゃくちゃ良い話なのに
たまにはこういうのも良いな
感動した
なんだこのSSランクのショートストーリーは…
急にいつもとノリが違いすぎるの
感動より恐怖が勝つからやめてほしい
開くブログ間違えたかと思った
>おじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに来た小学生みたいだな。
この辺のツッコミにゲムぼくみがあるな
エンちゃんって呼ばれて愛されてたの凄いいいな
え、なに…
よすぎて感動が止まらない…
賢者タイムで日を跨がないでくれ。めちゃめちゃ良い話なんだから。
長年ブログやってきてる人にこんなこと言うの失礼かもしれないんだけど文章うまい
???「こんな面白い文章を書くなら、他の記事も確認しなきゃ!」
ゲムぼく史上初の太ももに一切言及しないエンプレスの記事である
Pixivに投稿してほしい
やはり、ドスケベスキンフェスティバル後だと、一時的に知性が回復するのね
コメントを先に見ないとどういうスタンスでいればいいのか分からない
すごい良い話だった
それはそれとしていつ他の記事みたいにIQが飛んでいくかの緊張感があった
なんだよ…
面白ぇじゃねぇか…
昨日の記事との緩急がすごいことになってる。エンプレスかわいいね、すごい良い記事でした。
ピョンテなSSかと思って用意したティッシュで涙を拭くことになるとは思わなんだ
よかった
文章がラストオリジンそのままで驚いた すごい
とってもすてきな話でした!
最後の言葉の伏線回収良かったです!ああいうの好きです!
ラストオリジンの記事は最後にアーーーーーーッッ!!ってなるんじゃなかったの!?いい話じゃないの!
これは虚淵に次ぐラスオリSS作家の誕生ですわ
いつものラスオリ記事との温度差がすごい
とてもよいSSを読めました、ありがとう
ラスオリはゲムぼくさんの記事にあることしかわからないけどいい話だなあって思いながら読了したら関連記事の一番上がドスケベスキンフェスで笑っちゃった
おかしいな目から海水が止まらないんだエンプレス…
何このいい話…感動してしまった
よく見たらしれっとゲムぼく構文っぽいものが入ってるの笑う
ゲムぼくの凄まじい語彙力と文章構成能力が輝いている素晴らしいSS。定期的に書いて欲しい。
人を惹きつける文章と人を引かせる文章を書ける二刀流。ゲムぼく
開くサイト間違えたかと思ったわ
泣いた
エンプレス狂いだからこそ書ける文章で良かった
スケブの姿のゲムぼく。氏だ!
うるっと来ました
最近読んだドスケベスキンフェスとの差で風邪ひきそうです
ありがとう
この記事のこと知らなかったけどすごく良かった
むちむちに狂っていなければ文才で一財産を築けたであろう男
これは良いエンプレスSS
同人誌 刷ろう!