
※この二次創作小説は、ブルーアーカイブ合同誌『浦和ハナコを考える』(コミックマーケットC104)に寄稿した作品に加筆修正を加えたものです。
「お二方は……その、お部屋を同じにしたほうが?」
「えっ! いえ、そのままで大丈夫です。別々で」
「あら、あなた? 私は同じでもかまいませんよ。ふたりでゆっくり……ね?」
「別々で! 最初の予約通り、それぞれ別々でお願いします」
「かしこまりました。ではこちら、展望露天風呂の入場手形と、お部屋の鍵になります」
301と302。301と書かれたほうの鍵が私の手に渡る。
ハナコは同じ階の、しかも隣室のようだ。おそらく、我々のような「おひとりさま」用の客室は3階なのだろう。
4階は、部屋数が少ないぶん1部屋が広いようだ。家族連れなどの大人数向けか。生徒たちが泊まるなら、こっちかな。
……それにしても。
「『あなた』って……ハナコ、何のつもりだったの?」
「ふふ……おもしろいかと思って♡」
「シャレにならないよ。生徒と先生が温泉旅館で同じ部屋に宿泊だなんて」
「それを言うなら、こうして同じ日にここにいるというだけでも、なかなかではありませんか? コハルちゃんが知ったらなんて言うでしょうね。都会の喧騒から解放された二人が、晩秋の寂しさを慰め合うがごとくしっぽりと……」
「してないよ!? してないし、しないからね!?」
山中にある、老舗の温泉旅館。
この地域はかつて交通の便のよい避暑地として名を馳せ、富裕層が別荘を多く建てていた。が、近年はブームが下火になり、人口も減少傾向らしい。
そこで、町おこしの一環として、旅館組合が施設のリニューアルやさまざまなキャンペーンを進めているそうだ。学校向けの団体宿泊割引サービスもそのひとつ。
もともとこの地域は、自然に恵まれ動植物が豊かで、歴史的価値の高い遺跡も多い。伝統工芸の工房などもある。
アクセスが悪くなく、学びや刺激が豊富。団体割で経費も抑えられる。
校外学習の候補地として、とても魅力的だ。雰囲気もよいし、下見に来て正解だった。期待通りだ。
……ただ、ハナコがいたのはさすがに予想外だった。
まさか、旅館まで同じとは思わなかったな。
存在に先に気づいたのは、私だった。
1時間に1本の、1両だけの電車。乗客は7~8人ほど。全席が進行方向を向いており、私は後方に座っていたので、前に座る人たちの後頭部がひと通り見える。
その中で、私のひとつ斜め前に、見覚えのある薄桃色の滑らかな髪があった。
まさかと思い、行儀の悪さを自覚しつつも前かがみに覗き込むと、やはりハナコだった。
ぶ厚く、古い本を読んでいた。おそらく私には難しい本だ。
薄いカーテン越しに車窓から陽光が差し込み、ページをふわりと押さえる指先が艶めいた。
時折訪れるトンネルの暗さをものともせず、ページはめくられていく。
集中している。あまり見ないハナコだ。読書する姿はたびたび見かけるが、彼女はいつも私が声をかける前に気づく。こんなに一方的な状況は珍しい。
最後のトンネルを抜け、車内アナウンスが間もなくの到着を告げる。
景色の流れが遅くなり、その手前にいるハナコが本を閉じ、表紙を撫でた。指先が艶めき、やがて駅舎の影を帯びた。
「やあ、ハナコ。偶然だね」
「……えっ? えっ、先生!?」
ホームに降りたところで、ハナコに声をかけた。
ひとり旅ならば邪魔しては悪いかとも思ったが、降りる人の少ない小さな駅だから、いずれ気づかれる。
駅から温泉街までは、無料のシャトルバスが出ている。
何を言うでもなく、私たちは自然と隣同士の席に座った。
「驚きました。こんなところでお会いするだなんて」
「私もだよ。まさかハナコがいるとは」
「差し支えなければ、先生は、何しにここへ? 慰安旅行ですか?」
「はは、だといいんだけどね。校外学習の下見だよ」
「あら、お仕事なのですね。お疲れさまです」
「でもまあ、半分は旅行みたいなものかもね。ハナコは何しに来たのか、聞いてもいい?」
「私ですか? 私はですね……そうですね……」
珍しく口ごもる。なにか事情があるのだろうか。
これまでのことから言えば、彼女が思いつきで行動することは少ない。表に出すかどうかは別として、明確に目的が存在する場合がほとんどだ。
「あっ、言いづらいことだったら言わなくて大丈夫だよ」
「そこまでのことではないのですが……あえて言うなら、秘密裏に手に入れたいものがありまして。ここにしか存在しない、特別なもので」
なるほど。たとえば、このあたりの遺跡に関わる史料や遺物などだろうか。
となると、補習授業部というよりは、ティーパーティーやシスターフッド絡みか。ハナコが通うトリニティ総合学園にとって重要な何かがここにあって、それを調べに来た、という感じだろうか。
「極秘任務だね。ハナコも大変だ」
「ふふ、おおげさです。私もほとんど旅行みたいなものですよ」
――ハナコと別れ、301号室に入った。
夕食は18時に予約してある。館内のレストランで振る舞われるらしい。
ちょっと時間がある。軽くメールチェックをしたら、外に出て周辺を散策しようかな。
ハナコは何をするのだろう? 目的からすると、遺跡にでも行くのだろうか? だとすれば私の勉強にもなりそうだし、ひと声……
と考えかけたが、やめた。
私が誘ってしまったら、ハナコは断りづらいかもしれない。
一緒に行動するのは、彼女が私に声をかけてきたときだけにしよう。
電車内で見たハナコ。本を慈しむ指先、時を愛おしむ横顔。私に気づこうともしない、まっすぐな少女。
彼女にはもっと、あの時間があっていい。みんなが思う、わかりやすい「浦和ハナコ」をやらなくていい時間が。
18時になった。
「このお蕎麦、とてもおいしいね。つなぎを使ってないんだって」
「十割蕎麦と言うそうですね。あっ、先生。これ、わさびとの相性がとてもいいですよ」
「予約の時間が同じだから」と、食事に誘ってくれたのはハナコだった。
私から誘うのは気が引けるが、ハナコが言うなら断る理由はない。
「さっき、少し時間があったから近くを軽く歩いてきたんだ。遺跡の前を通ったり、遠くに牧場も見えたりしたかな」
「あっ、馬と牛がいたところですね。私も通りましたよ」
「じゃあ、同じような散策ルートだったのかもしれないね」
「そうですね。先生さえよければ、夫婦のように寄り添って歩いてもよかったのですが……♡」
いたずらっぽい笑み。からかうときの言い方だ。
「じつは、声をかけようか迷ったんだけど」
「あら、そうだったんですね」
「ハナコにはひとりの時間も必要かなって思って、やめておいたよ」
「『極秘任務』があるから、ですか?」
「それもあるけど、ハナコは気を張っているように見えることが多いから。たまには私を含めて誰の目も気にしなくていい時間があってもいいんじゃないかな、って」
醤油を取ろうとしたハナコの手が、一瞬だけ止まった。
「……そんなに、いつも気を張っているように見えますか?」
「うーん……私にはね」
「あはは……痛いところを突かれましたね。ずいぶんましになったと自分では思っていたのですが」
「うん。ヒフミやコハルやアズサといるときは、ぜんぜん大丈夫に見えるよ」
「そうですね。それは実際そうです。とても楽しいですから」
「私にも気を遣わなくていいからね」
「そこはご心配には及びませんよ。もとより先生には見透かされている部分もありますし、私としても出すものは出すつもりですから♡」
エデン条約や聖徒会遺跡調査の件を経て、ハナコは変わり始めている。
察しのよさと実行力と優しさゆえに、「自分が何をやりたいか」よりも「周りが自分に何を求めているか」が行動のベースにあった彼女だが、少なくとも補習授業部の中では自我を出せるようになってきた。「周りの求めの逆をやる、わがまま風の行動」ではなく、「自分のやりたいことをやる、わがまま」ができるようになってきた。
食事が終わり、それぞれの部屋に戻る。隣り合う客室のドアがほぼ同時に閉まった。
テーブルには旅館からのサービスとして、地元で作られたスパークリングジュースのボトルとグラスが置いてあった。「当館の夜は星がよく見えます。バルコニーから眺めながらお楽しみください」との手書きメモとともに。
少しばかり息が白むが、メモ通りの空だった。
手すりに肘を置くと、隣のバルコニーに見慣れた人影があった。
「あら、先生。おひさしぶりですね」
「そうだね。5分ぶりかな?」
「綺麗ですね」
「冬だからかな。いっそう澄んで見えるね」
互いに上を向く。星空のどこかで視線が交差する。
「……先生は、電車内の私にも気づいていましたよね?」
「えっ? ああ、うん。どうして?」
「乗ったときに前を見渡しましたが、先生はいませんでしたから。となると後ろですが、小さな車両ですから、先生はすぐ気づいたのでは、と」
「なるほど。ハナコが本を読んでいる姿が少し見えたよ」
「……どう思いましたか?」
「えっ」
「先生の言うところの、誰の目も気にしていない私は、先生の目にはどう映りましたか?」
言葉選びが難しい。
でも、素直に聞いてくれたハナコには、きっと素直に答えるべきだ。
「素敵だと思った」
「……素敵、ですか」
「うん。これもハナコなんだなって。だとしたら、とても素敵だなって」
「……ありがとうございます」
「それもあって、誰の目も気にしない時間がもっとあっていいんだろうなって思ったんだ。まあ、今回は極秘任務があるだろうから、そうもいかないかもしれないけど」
「……」
トンッ、と軽く跳ねるような音を立てて、ハナコがこちらを向いた。思わず目が合う。
「……先生♡」
「な、何?」
「私は、先生が思うより、すでにずっとわがままかもしれませんよ?」
「そうなの?」
「私がここに来た理由、細かくはお話ししていませんでしたね」
「そうだね。ここでしか手に入らない何かを秘密裏に……みたいな」
「もしかしたら先生は、トリニティに関わる何かの史料や遺物をご想像されていたかもしれませんが……」
ジャラジャラと鈴のような音が鳴り、ハナコが何かを取り出した。
小さなキーホルダー……のように見える。同じようなものが4つある。
「それは……?」
「地域限定、温泉ペロロキーホルダーシリーズです」
「……どういうこと?」
「なんと、この水晶型の飾りには、ここの天然温泉が数滴入っているのです!」
「……腐らないの?」
「もうすぐヒフミちゃんの誕生日なので、せっかくなら補習授業部のみんなでおそろいにしたいな、と思って、4つ内緒で買いに来た、というわけです」
「それだけのために?」
「はい、それだけのために」
「頼まれたとかじゃなくて?」
キーホルダーを撫でる指先が、月明りで艶めいた。
「……私が、私のために、来たくて来ました。ヒフミちゃんやみんなが喜びそうで、私も付けたいと思えるデザインのものとなると、これしかなくて。このためだけに、他の予定をずらして来たんですよ。わがままでしょう?」
「わがまま……なのかな? すごい行動力だ……」
「あとは、先生のご想像も、じつは半分ほど正解で。ここに来る口実も兼ねてシスターフッドに遺跡調査の申し出をして話を通しておいたので、旅費はシスターフッドにご負担いただいています♡」
「ははは、それはすごい!」
「どうですか? 先生が思うよりわがままでしょう?」
「そうだね。いいと思う。ちょっとずるくて。私はそういうハナコが好きだよ」
「……」
風が吹き、4つの鈴が小さく鳴る。
思いのほか時間が経ったのか、一段と息が白くなった。
「……冷えてきましたね。先生、この後は温泉ですか?」
「そうだね。少し歩いて、展望露天風呂に行ってみようかなって」
「わがままついでのご相談ですが、一緒に行きませんか?」
「混浴じゃないよ!?」
「あら、そこまでは言っていませんよ。一緒に歩きませんか、というだけの意味でしたが……でも、先生がお望みでしたら……♡」
「あっ、いやいや、わかった! 一緒に歩こう。じゃあ、15分後にフロントで」
温泉に入るための手形と木桶を持って、ポツポツと古い街灯があるだけの道を並んで歩く。
横顔はたまにしか見えないが、そのぶん星がよく見える。
特に重要な話をするわけでもなく、なにか驚くことが起きるわけでもなく。
今夜は冷えそうだね。やっぱり山の気温は違うね。あの星はふだんだと見えない星かもしれないね。寒さのおかげもあるのかな。あっ、ここは道が狭いから、少しこっちに寄ったほうがいいよ。
わずかに肩が触れて、道が狭いですから、とハナコがつぶやいた。
狭い道を抜けて、温かい肩が触れた。
冬が来る。思ったよりわがままな季節が。





コメント
チヒロ、カズサに続いてハナコまで来るとは
ハナコの事になると誠実すぎるゲムぼく。
まず浦和ハナコ合同誌という物の存在にびっくらこいた
そしてゲムぼくが呼ばれている事に二度びっくり
冬なんて寒くて苦手でクソ喰らえと思ってたのにムチムチ狂いの文才に冬も悪くないと思わされてしまったの本当に悔しい。
ハナコの事になると急に皆真面目になることが急にあるよね
というか寄稿してるのかよ!!!
ヒフミの誕生日が11月27日な事を今調べて知った
だからこのタイミングなのか…
ねこちゃん。の時もそうだったけど
突拍子も無くニッチな所を刺しに来るんじゃないよ
ハナコ合同誌懐かしい!
当時買えなかったので再掲嬉しい…
文章が上手い…上手すぎる…
実に2年半ぶりの小説タグである(前回はチヒロ)
いつものムチムチアーアー怪文書からは想像できないほどの良テキスト
ブルアカミリしら勢だけど思わず読み入ってしまった
実は違う名前で小説とか脚本とか書いてない?
ハナコの繊細なところとそれを覆い隠すところとそれでもちょっと内側を覗かせてしまうところがぎゅっと詰め込まれた文章だあ……と思ってスクロールしていたんですよ
話は変わりますが関連記事って付けられたタグと同じものが出てくるじゃないですか
この記事は「小説」タグが付いているじゃないですか
するとですね、関連記事の一番下に現れたんですよ
2020年8月28日に「小説」タグを付けて投稿された、「ち」で始まって「ん」を挟んで「こ。」で終わる記事が
もうやだ
これ自体は凄くいい話なんだけど
他の小説カテゴリーが無法すぎるだろ
無事成仏
なんだ!そのおしゃれな締めは!!!!!!!!!!(興奮)
ありがとう
ただただ、ありがとう
ブルアカ小説定期的に書いてください…お願いします…
ゲムぼくブルアカ小説大好き部の者です
大好きですありがとうございます
ゲムぼく。さん、浦和ハナコへの感情移入度だけ本当に別物な感じするんだよな
ハナコ記事の時だけ絶対ふざけない鉄の意志がある
ゲ ム ぼ く 記 事 大 賞 2 0 2 5
いつでもアップできたはずなのに
ヒフミの誕生日前に合わせてくる所に愛を感じる
やるね
ゲムぼく。複数人格説
解像度が高い
やっぱこの人文章上手いんだよな
ありがてぇっす…
普段の記事との温度差で風邪ひいちゃうよ
これは記事大賞の風格
疲れた心に沁みます。
これが「藤原くんとアイギスとぼく」「相田さんとラスオリとぼく」と同じカテゴリでいいのか?
普通にpi○ivでフォローするレベル
温め続けていた小説が出てきて嬉しかったです。
素で文が上手いからいつもの怪文書もスルスル入ってくるのかと納得した
そしてハナコがかわいい
ありがたや…
ど…どうしたゲムぼく
いきなり質の高いSSがお出しされて驚いたが
コメ読むと前もあったらしくて驚いた
ブログなのに小説もあるのか
ゲムぼく。割とブルアカの時真面目になりやすい傾向ある
季節の変わり目くらいのタイミングで来る温度差記事だ
…記事なのか?小説?
約3年ぶりのブルアカ二次小説助かる
何なのだこれは
どうすればよいのだ
かなり良くて過去作も見に行ってしまった
これ読んで感動して小説カテゴリー見に行く人の気持ちも考えて欲しい
ありがとうございます!!!、!!!!!!!!!
web小説慣れしてるせいか最後までスクロールした後に☆を探してしまった
満点評価させてくれよ
買えなかったから公開感謝。
小説カテゴリーの温度差で風邪ひきそう
うわあ!急に真面目になるな!
さすが元国語教師だな…という丁寧な文体
開くサイト間違えたかと思ってURLを二度見してしまった
朝から幸せな気分になれた
外の冷たい風が心地いい
素晴らしい
めっっっちゃすき
この人まじで文章上手いな
なんか、もう、本当に素敵な作品でした。
空気感も情景も綺麗で、冬に近づきつつある澄んだ寒さが本当に美しい。
特に読書中のハナコの描写が、もう、本当に綺麗で綺麗で……!
先生も本来の意味での大人であり、先生ですね。
穏やかなのにはちゃめちゃにかっこいい。
こういう大人になりたいです。わりと本気で。
最高に良い作品をありがとうございました!
元々好きな季節が、もっと好きな季節になりました!!
ゲムぼく。さんの描く文章が好き
最後までドキドキしながら読んだのにえっちな展開にならずコハルは憤慨した
この繊細な情景描写、めっちゃ好き!
“景色の流れが遅くなり、その手前にいるハナコが本を閉じ、表紙を撫でた。指先が艶めき、やがて駅舎の影を帯びた。”
“醤油を取ろうとしたハナコの手が、一瞬だけ止まった。”
本当に綺麗だ…
ゲムぼくさんのハナコ愛尊敬するわ
ムチムチ狂いに思わせておいてヒフミ達への理解も深いゲムぼく好き