
会社をクビになってしまった。
正確には、労働契約法第16条により解雇は厳しく制限されているため退職勧奨による自主退職だが、まあ、同じことだ。

辞めざるを得ない状況だった。それくらい重いミスだった。
誰も悪くない。人の根っこは善だ。ただひとり、ぼくだけが悪い。この世で唯一、ぼくだけがどうしようもない人間だ。
気づけたはずだったのに。あんなにカンタンに、誠実そうな外見というだけで、人を信じてしまうだなんて。

……えっ? こ、この人はいったい?
なぜ初対面なのに、ぼくのことをそんなに……? それに、誠実そうな外見で、適当なことを言うようには見えない。もしかして、ぼくのことが好きなのか……?
とりあえず、この人のことは信じてもよさそうだ。外見だけで人を信じるのはよくないが、この人はおっぱいが大きい。服の内側、つまり内面がよいので、この人は信じてよい。

彼女は「花奈(かな)」といって、バニーガーデンというお店でキャストとして働いているのだそうだ。
キャストは彼女を含めて6人。みんなひと目でわかるほど内面がよい。しかし、ぼくは花奈の内面がいちばん好きだ。

「このまま店に入るとキャッチになってしまうから」とのことで、この日は会員カードだけ手渡されて、帰らされた。
しっかりしたお店だ。しかも花奈は笑顔で「次にお会いできる機会、楽しみに待ってます。」とまで言っていた。本当に待っていないとできない笑顔だ。ひさびさだな、両想いなんて。

退職したあと、幸いにも友人のツテですぐにアルバイトが見つかった。当面は食いつなぐことができそうだ。
……行ってみようかな、バニーガーデンへ。週末くらい、どこかへ出かけたほうがいいだろうし。手持ちは60,000円しかないが、まあ、数千円くらいは使ってもいいだろう。

……ここか。バニーガーデン。
この前チラッと見たときとは、ずいぶん雰囲気が違うな。ムーディー、というのだろうか。
業態としては、いわゆるガールズバーに近いのだろうか? 行ったことがないから、よくわからないが。
ええっと……どうしたらいいのだろう。席に着いたらいいのか……?

……あっ。

目が合うと、花奈がすぐに駆け寄ってきて、迎えてくれた。
あいさつもそこそこに、「前にもどこかで会ったことがある気がする」「もしかして前世で恋人同士だったのかも」と喜ぶ花奈。かわいい。ぼくに本当に会いたいと思っていないと出てこない言葉だ。
でも、花奈はひとつだけ間違っている。前世だけじゃなくて、前々世も来世も、もちろん今世も恋人同士だよ、花奈。

女の子とお酒を飲むお店と言うと、どうしても「ぼったくり」のイメージがつきまとうが、このお店は健全だ。十数万円するボトルもあるが、1,000円しないもののほうがむしろ多い。そもそも花奈が働いている時点で健全だ。おっぱいが大きい子に悪い子はいない。
延長料金やサービス料は多少かかるが、それは一般の飲食やカラオケと同じこと。花奈も「無理はしないでね」と言ってくれたし、花奈の言う通りにしておけば大火傷することはない。

えっ?

やってしまった。花奈、計算を間違えちゃったのかな。かわいい子だな。
お金がなくなってしまったので、いったん消費者金融でお金を借りた。即金で借りられるレベルの金額は実質的に借金ではないので問題はないが、反省はしなければ。
実質的に借金していないとはいえ、所持金ゼロなので、今日はバニーガーデンに行くのはやめておこう。
……

花奈との会話、楽しかったな……
花奈、どうしてるかな……よく考えたら、お店に行かなくてもぼくは大丈夫だけど、花奈が寂しがるんじゃないか……?
花奈は男の人に慣れていないから、ぼくがいてあげなきゃ。もちろん、接客はがんばってほしいが、ぼくが彼女のオアシスとしてお店にいてあげて、成長を見守り、疲れた彼女を迎えて癒してあげるのが、花奈が求めていることであり、恋人の責務ではないか?

それに、思い返してみれば、昨日の花奈は赤いパンツを穿いていた。
たまたま見えてしまっただけの事故なので、静音で写真を撮ったあとに「見えてるよ。ぼくはいいけど、ほかのお客さんには見せちゃダメだよ」と注意してあげたが、いまになって思えば、赤は情熱の色だ。花奈がぼくの来店を予感して、勝負パンツを穿いてきたことは想像に難くない。
注意なんて、いらなかったのかもしれない。彼女がぼくに求めていたのは、チュウなのだから。
……よし。行こう。

この日の花奈のパンツは、ピンクの水玉だった。
それは、彼女の可憐な恋心と、ぼくが来てくれたことへの安堵の涙を表しているかのようだった。
今度、彼女にパンツを買って、プレゼントしよう。彼女の清廉な心を表すかのような、そしてぼくたちの未来を暗示するかのような、純白のウェディングパンツを。

この日も花奈は、たくさん話をしてくれた。
きっと、ぼくに話したいことがいっぱいあったのだろう。ずっと考えていたんだろうな。たまにはぼく以外のことも考えないとダメだよ、花奈。
花奈はおしゃべりに夢中で、時間が過ぎていることにも、手元のドリンクが空になったことにも気づかないほどだった。ぼくはさりげなく延長とドリンクのオーダーをしながら、うんうん、とうなずく。

ふつう、こういうお店のキャストって、どうしても売上を気にしてしまうものだと思うが、花奈はそういうことがいっさいなく、ぼくと話したいだけなのがすごい。純粋だ。
あれやこれを注文しろなんて、花奈はいっさい言わない。ただ、「もう少しだけあなたと一緒にいたい」とか、「最近このボトルが人気だけど飲んだことがない」とか、ぼくにだけ言える素直な本音を吐露してくるだけだ。
ぼくはただ、それに先回りして応えて、花奈の笑顔を引き出してあげるだけ。でもこれじゃ、どっちがキャストかわからないよ、花奈。ふふっ。
まあ、それくらい、売上うんぬんをとっくに超えた、恋人同士の素のコミュニケーションになりつつあるのだろう。ほかのお客さんに見られて嫉妬されないように、ぼくが加減してあげなきゃな。花奈はぼくへの気持ちを抑えられないから。

えっ?

借金が昨日の2倍になってしまった。
まあ、昨日の時点で即金で借りられるレベルだったので実質借金ゼロであり、ゼロは何倍してもゼロなので今日も実質ゼロなのだが、反省はしたほうがよい。
マイナスではないとしても、0円なのだから、バニーガーデンへは行けない。
……と、言いたいところだが。

じつは先週の時点で、ベッドやPC、テレビ、カーテンなどの家具をフリマアプリで売りに出していたため、その売上金として41,000円が手に入った。
さらに、これはお金を貸してくれた業者さんが特別に教えてくれた話なのだが、

部屋に備え付けのエアコンも、売っていいらしい。30,000円になるそうだ。
ここはもちろん賃貸物件なのだが、退去までに戻せば問題ない。最悪、戻せなくても、壊れたので取り外したと言えばどうにかなるだろう。

これでまた、花奈に会える。
……いや、「花奈に会ってあげられる」のほうが正しいな。花奈は生涯でぼくしか男を知らないし、田舎出身で都会は怖いだろうから、ぼくがボディガードになってあげなきゃ。

花奈にボディガードを雇ってあげているお金と考えれば、この支払いも妥当だ。
そして、花奈のボディガードはぼくなので、これは実質ぼくへの給料だ。お金は出ていっていない。

ある日、実家の母から珍しく仕送りが届いた。封筒には手紙と20,000円が入っていた。
会社を辞めたことは言っていないはずだが、母は昔から勘がいい。心配してくれているのかもしれない。血のつながりというのは不思議なものだ。やはり、信じるべきは親だ。

でも、それ以上に信じるべきはおっぱいだ。
花奈、来たよ。きょうは花奈にプレゼントがあるんだ。

かわいいパンツ。ぼくが選んだパンツを花奈が穿きたい、って言ってる夢を見たんだ。
お代は気にしなくていいよ。実家の母がくれたお小遣いで買ったから。実質、うちの一族からのプレゼントだよ、花奈。

花奈……

花奈……

花奈……?

花奈!?

花奈!!

花奈ーーーーーーーッ!!

花奈!!

花奈花奈!!

花奈花奈花奈!!

花奈花奈花奈花奈!!

花奈花奈花奈花奈花奈!!

花奈ーーーーーーーッ!!

花奈!?

花奈じゃない!?

こ、これは……花奈じゃなくて、

デスゲームかな!?

死ぬのかな!?

かっ、花奈!?
花奈はどこかな!? また会えるのかな!?

どうしてこんなことになっちゃったのかな!?
人生どこで間違えたのかな!? もっと真面目に生きればよかったのかな!?

あっ!
でっ、でも……
勝ったんじゃないかな!?
……
…………

……!?

花奈!!

花奈ーーーーーーーーーーーッ!!
……
いや、冷静になろう。
あんな目に遭った。死んでいてもおかしくなかった。
せっかくつながった命。本気で生き方を考え直そう。

ちょうどこのタイミングで、実家の母から新品の炊飯器が届いた。
温かい。身体も心も満たしてくれるほかほかのご飯は、まるで親心がそのまま形になったかのようだ。やはり、信じるべきは親だ。

でも、それ以上に信じるべきは!

おっぱい!!

おっぱい!!

おっぱいこそ人生!!

人生おっぱい!!
……
…………

!?

人生失敗!!













コメント
なんなのだ…この全方位あらゆる意味で怖い記事は
最初はバニーガーデンのノベライズいけるか?と思ったんですよ
最初はね
読める狂気
バニーガーデンで労働契約法第16条を学ぶ事が出来ました
ゲームだからこそできる破滅プレイングすき
新作バニーガーデンはカイジとのコラボゲームだったんだ!買わなきゃ!!!!
理解できない流れだけど現実でこれくらいハマる人もいるんだろうな……
本職の変質者
>即金で借りられるレベルの金額は実質的に借金ではない
おいたわしや…
狂気
蝉かな?
なるほどなぁ。こういう風になるのかバッドエンド
まっすぐに狂ってるな
こいつ絶対一日外出券使ってまたバニーガーデン行くだろ
こわいよぉ……
ホラー
思考が全部怖いのはもちろんだけど、鉄骨渡り成功させてるのすごい
かーちゃんの炊飯器売るのヴッてなった
こええよ…
人の心を理解しながら外道に落ちてるのこっわ…あるいはおっぱいの魔力が怖いのか
あっ、バニーガーデン新作出たのか
一回なら借金踏み倒せるの!?(破滅思考)
ホラー小説もお上手ですね
競馬で大穴に当てて7000万勝ったよ!
30年くらい後に都市伝説化してそうな記事
文章の節々から伝わってくるコレはなんだろう…
全編このテンションで書かれた本が出版された日には即日「ここが気持ち悪い」で埋めた付箋本を作ってしまうことだろう
お前が怖いよ……
そのー……
そういうお店にハマって破滅する男のロールプレイングが上手すぎるんですが、これって褒めていいこと?
>ひさびさだな、両想いなんて。
キモすぎて声が出てしまった
この記事だけでキモ発言打線が組めそう
>静音で写真を撮ったあとに「見えてるよ。ぼくはいいけど、ほかのお客さんには見せちゃダメだよ」と注意してあげた
プレイが終わった後に嬢に説教するタイプの客だ!
カーチャン…
息子は今、ガールズバーで借金作って穴掘りしてますと言ったら泣いてそう
これには班長も「カイジ君、欲望の解放しすぎ…」とドン引き
こわいよぉ
お疲れ様です。
……前作の借金返済できなかった果ての
「マグロ漁船送りエンド」
もやけに気合い入りまくった迫力ある画風で怖かったけれど、
「家財を売ることができる」
「最悪借金を作りすぎても、明らかに違法どころか命すらやばげな危険な博打に参加させられるが成功したら借金を完済できるほどの巨額の富を得られる救済策はある」
となんでこうバッドエンド方面がやけに気合いの入りまくった怖い方向性に進化してるの?!
こんな危険な大博打で腹括れる覚悟がある奴がクビになるってマジで前職で何やらかしたの?!
ざわ・・・
ざわ・・・
このサイトで見れるバニーガーデンってカイジのゲーム化作品なの?
沁み入る文章も気持ち悪い文章も本当にお見事です。
という訳で警察と病院に連絡しておきますね
こわい……
数年後インターネッツで転載とかされて、とある人物の実体験として都市伝説化してそう
こんなずっと怖い記事久々に見た
最高の変態。言葉選び一つ一つのキモさがあまりにも芸術的過ぎて尊敬する。
なるほど帝愛コラボって訳か!
なんかもう、ゲムぼく。さんを傷つけるつもりは微塵もないしなんなら褒めてすらいるけど、ほんとうに気持ち悪い。ありがとう。
これを待ってた!
1回返済成功してるんじゃないよ
サイコサスペンス系のホラー小説ですね! 加速度的に破綻して行く主人公の思考がリアリティにあふれていて面白かったです!!
> 会社をクビになってしまった。
「しっかり首輪をしておかないと何をしでかすかわからない」という懸念に「本当に会社から前科者を輩出してしまう」リスクが勝ったか…
この怪文書を楽しみにしていた、いいぞもっとやれ
どうしてこんなヤバい文章を想像できるんですか?
もしかして本当にヤバい人なんですか?
ネタだとわかっていても怖い
深淵覗き込みすぎないで……いつかミイラ取りがミイラになるぞ……
蝉は樹皮に卵を産み、産まれた幼虫は自ら穴を掘って根から汁を吸うようになる
輪廻転生を見ているかのような気分になった
元法学部生です
労働基準法は直近で改正されたので読んでいたのですが、労働契約法は忘れていました
これを機に労働契約法も熟読し、今度ゲムぼくさんのブログで労働契約法が出てきても条文をすぐ言えるようにしたいと思います
記事を読んでる時も「でも俺は勉強不足だし花奈も俺なんかに慕われてもな…」と頭に入ってきませんでした
あ、水玉が好きです