ありがとう、渋谷の高架下。

 ぼくは、渋谷に行ったことがないと思っていた。
 この日、家族でNHKスタジオパークに向かうために歩いて通るのが、初めての渋谷だと思っていた。
 JR渋谷駅を出て、信号を待つ。
 「ほえー、ここがあのスクランブル交差点かぁ」と田舎者丸出しの声を上げながら、左右をキョロキョロ。
 すると、右側20メートルほど先に、古びたグリーンの高架と、薄暗くて見るからにじめっとした高架下が目に入った。
 瞬間、「あっ」と声が出た。
 そうか。これ、渋谷だったのか。
 じゃあ、ぼくは、渋谷に来たことがある。
 
 十数年前の初夏。
 ド田舎のすみっこの高校で、クラスのすみっこにいた高2のぼくは、修学旅行で東京に来ていた。
 たしか、どっかの会社とどっかの大学を見学して、ディズニーランドに行ったと思う。あと、すごく高い何かを見上げて首を痛めた記憶があるから、たぶん東京タワーにも行ったんだと思う。
 ちなみに、なぜこんなに記憶があいまいなのかというと、ぜんぶ忘れてしまったからである。
 ぼくは中学も高校も友達がひとりもいなかった。学校生活は楽しいはずもなく、修学旅行もずっとひとりだった。けっこうつらかったはずだ。
 ただ、人間の脳というのはじつによくできていて、いやな記憶をちょっとずつ薄めていって、そのうち消してくれるのである。
 だから、いまのぼくは修学旅行の記憶がほぼない。いまだに映像が頭に残っているのは、ディズニーランドの駐車場で6時間じっとひとりで座っていたときのことだけ。「えっ、待ってなにそれこわっ」と思ったあなたは正常ですよ。安心してください。
 ただ、この高架下を見て鮮明に思い出した。
 十数年前、16歳のぼくはここに来たのだ。
 ぼくみたいなのが、どうして渋谷に流れ着いたのかはわからない。
 直前まで班行動みたいなものがあって渋谷駅で解散したのかもしれないし、ひとりでさまよっていたらたどり着いたのかもしれない。誰かについていっていたのをスクランブル交差点で見失ってしまったのかもしれない。
 ただ、とにかく、12年前のぼくは、たったひとりで渋谷駅前にいたのだ。
 そうだ、思い出してきた。
 あれは、すごい人混みだった。年寄りとイノシシがポツポツいるだけの地元とはかけ離れていた。ぼくは背が低いから、なにも見えなかった。信号があるのかないのか、どっちが前でどっちが後ろか、いまぼくが立っているのは歩道なのか車道なのか広場なのか、ぜんぶわからなかった。みんな歩くのが速かった。みんな強そうに見えた。みんな輝いていた。みんな笑っていた。
 ぼくだけが、彩度のない学生服で、下を向いて立ち尽くしていた。
 怖かった。泣きそうだった。泣いていたかもしれない。
 来なきゃよかった、と思った。仮病で休めばよかった、と思った。学校での孤独を「へっ、ぼく一匹狼タイプだし」なんて思い込んで耐えていたのに、誰か、誰か助けて、と願ってしまった。
 なんてダサくて、かっこ悪くて、気持ち悪いやつなんだ。
 そしてぼくは人の波に押し出され、ふんばる気力もなく、押し出された方向にそのままふらふらと歩いた。
 そこでたどり着いたのが、薄暗くて見るからにじめっとした、この高架下だったのだ。
 そこは、すぐ隣のにぎやかで華やかで、とても息苦しい世界がウソのように、静かで寂しくて、とても居心地のいい場所だった。
 同じ渋谷駅前なのに、スクランブル交差点とはまるで逆。ただ通りすぎるだけで誰も注目しようとしない、街のすみっこ。
 ぼくみたいだな、と思った。
 ぼくは高架下でしばらく過ごして、体力と気力の回復を待った。
 そこから先は、あまり覚えていない。たぶん、がんばってまた動き出して、宿かどこかに無事たどり着いたのだろう。
 ぼくにとっての「渋谷」は、スクランブル交差点でも109でもハチ公でもなく、間違いなく、この誰も気に留めない高架下だったと言える。
 
 ありがとう、渋谷の高架下。いろいろ思い出させてくれて。その節はお世話になりました。
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コメント

  1. 名無しのゲーマー より:

    ほろっと泣きました。

  2. 名無しのゲーマー より:

    こういうのを笑ってくれる夫婦関係っていいよね

  3. 名無しのゲーマー より:

    これも運命ですね
    最近はあの高架下も少し小綺麗になってしまいましたね
    大改装であのへんも変わるんでしょうか?

  4. 名無しのゲーマー より:

    違うブログ開いたかと思ってしまった
    なかなかええ話やんけ

  5. 名無しのゲーマー より:

    ドラマですなぁ

  6. 名無しのゲーマー より:

    本出して、どうぞ(懇願)

  7. 名無しのゲーマー より:

    闇の青春シリーズは毎回心に刺さるものがあって好きです

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