ぼくと新興宗教の出会いは、10年以上前、ブログのネタにするつもりで観に行った『幸福の科学』の映画にさかのぼる。

公開初日の最初の上映時間。当然、ぼく以外は全員が熱心な信者。
中盤から聞こえ出した鼻をすする音は、終盤に嗚咽に変わった。終了後は全員がスタンディングオベーションし、劇場内が明るくなり清掃の人が入り始めてもハンカチ片手に感想を語り合うことをやめなかった。
あまりにも異様な光景で、誇張でなく膝が震えた。話しかけられて信者じゃないことがバレたら殺される。うかつに立ち上がってそそくさと逃げようとして呼び止められても殺される。考えた末、緊急の電話がかかってきたフリをし、携帯電話を耳に当て必死に小芝居をしながらシアターからダッシュで逃げ出した。イヤホンを落としてしまったが、そんなことはどうでもよかった。命には代えられない。
その後ぼくは、マーケティングに関わる仕事をするようになった。
とても定義が広い言葉だが、ざっくり言うと、さまざまな商品・サービスについて「どうターゲットを定義し、どう心を動かし、どう行動させるか」を考え最適化するような仕事だ。
たとえば、新製品のメガネがあったとする。デザイン性は低いが、軽くて安いのが特徴だ。
「ターゲット」とは基本的に「その商品・サービスによって最大のメリットが得られる人たち」を設定する。ここではたとえば、「コンタクトとメガネを併用していて、家ではメガネな人たち」。メガネは常用しないから装用感はないほうがいいし値段は安いほうがいいし、逆に外で誰かに見せることはないからおしゃれでなくていい。
では、そういう人たちはどういう働きかけがあれば「あっ、そんなメガネあるんだ。いいかも」と気づいてくれて、実際に購入・使用まで至ってくれるか。そうやって、ターゲットとのコミュニケーション施策を考えていくわけである。
マーケティングを勉強していくなかで、ふと思い出したのが『幸福の科学』の映画だった。
新興宗教に対する先入観やさまざまな想いを取り払って純粋にビジネスとして考えたとき、あの映画はすばらしい成功事例だと気づいた。
「幸福の科学の熱心な信者」という明確なターゲットに対し、「やはり大川先生とその教えはすばらしい」と内発的に心を動かし、「日々の信心や布教活動により力を入れる」「映画の2回目、3回目を観に行く」「布施や寄進をする」といった行動を自発的に起こしてもらえているからだ。
ちなみにこの「内発的に」「自発的に」というのは重要なポイントで、これらが欠けているとマーケティングではなく「詐欺」になる。一時の利益は得られても決して長続きしない。
マーケティング的視点で見たとき、ここ数年の幸福の科学はすごいと思うところがもうひとつある。
ひとつの商品・サービスで「既存維持」だけでなく「新規開拓」も並行展開できており、かつ新規開拓にSNSマーケティングを取り入れていることだ。宗教団体としては極めて珍しい。
幸福の科学は、国内に300〜400はあるであろう新興宗教のなかでも知名度トップクラス。特にネット上で強く、ヘビーなネットユーザーに「新興宗教と言えば?」と聞けば、創価学会の次に高確率で幸福の科学が出てくる。
なぜかと言えば、圧倒的に「ネタになる」機会が多いからだろう。映画に有名声優を起用したり、話題の人物ですぐ降霊本を出したり、勝ち目がないのに選挙に出たり、大学を作ろうとしたり。
それらはどう見ても「愚かな行動」であり、「新興宗教=悪」のイメージを持っている多くのネットユーザーにとって格好のエサだ。みんなおもしろがって「また幸福の科学がバカやってる」「やっぱ新興宗教って頭おかしいな」とSNSでネタにする。
で、盛大にバズった結果、それで幸福の科学を新たに知る人が出る。たとえば100,000人出る。
そのうち10%(10,000人)くらいは、「へえ、そんなヘンな宗教あるんだ。おもしろいな」と心が動き、軽く調べてみるという行動を起こす。
そのうち5%(500人)くらいは、「あれ?意外とマトモなこと言ってる部分もあるな。悪い宗教じゃないかも」と心が動き、さらに調べたり精舎(しょうじゃ)に行ったりするという行動を起こす。
そのうち20%(100人)くらいは、「大川先生とその教えはすばらしい!」と心が動き、入会するという行動を起こす。
これで、100人の新規開拓完了である。
お手本のようなSNSマーケティング(バズ・マーケティングとも)だ。
幸福の科学が有名声優起用のアニメ映画や一般書店に並ぶ降霊本を好んで出すのは、「一般層に目にしてもらい、ネタにしてもらう」のを明らかに期待してのことだ。その目論見がなく単に信者だけが相手なら、映画製作にそこまでコストをかける必要はないし、本だって市場に流通させず会報での通信販売でよい。
また、これはいわゆる「炎上マーケティング」とは似ているようで大きく違う。この一連の流れには、怒りや義憤に駆られて批判している人が基本的にいないのだ。
SNSでネタにしてくれる人たちの大多数は怒りでなく逆に「ネタにしてやったぜ」という満足感を得ているから、粘着してこないどころか今後もよい宣伝部隊として活躍してくれる(本人たちに自覚はないが)。バズりきっかけで入信に至った人は、幸福の科学と出会えたことに当然ながら満足している。
なので、入信してくれた人のことも、そうじゃない人のことも、みんな幸せにできているのだ。
おそらく、幸福の科学にマーケティング担当者がいるのだとしたら、その人はとてつもなく優秀なはずだ。
「直接の顧客とはならないが、広報上とても重要な集団」が市場にいることを理解していて、その人たちが自分たちのことをどう認識していて、自分たちがどう振る舞えばおもしろがって話題にしてくれるかを想定できている。
そして実際に幸福の科学は、一代で築いたビジネスとしては異常な発展速度と利益を実現している。
この「直接の顧客にはならない人たちをサブターゲットにして広報役になってもらい、直接の顧客になり得るコアターゲットへの接触機会を増やす」という手法は、最近ではキングコング西野亮廣氏が積極的に行っている。
ただ、同氏の取り組みは徐々に「顧客の利益」よりも「自分の利益」を追求する割合が大きくなってきており、ネタとしても幸福の科学ほどおもしろくないので、よく言えば炎上マーケティング、悪く言えばほとんど詐欺、みたいになってしまっているが。
ひと昔前は、新興宗教というのは対面の草の根活動で近所から少しずつ信者を広げて……というのが当たり前だった。
早い段階からネットをフル活用し早々に全国にエリアを広げた幸福の科学というのはかなり異端であり、それゆえに、ビジネスモデルとしてとても興味深い。
ぜひ、今後ネットで「幸福の科学がまたヘンなことやってる」みたいな話題が出てきたときには、「これはどういう意図で仕掛けられたものだろうか?」と想像してみてほしい。おもしろいから。
ただ、公開初日の初回に映画を観に行くことはやめておいたほうがいい。殺されるから。
【お知らせ】
シリーズ「マーケティング視点で見る新興宗教」では、あらゆる新興宗教を研究対象として取り扱います。
取り上げてほしいテーマや、お寄せいただける情報がありましたら、ぜひご連絡ください。
現在特に情報募集中のテーマは、「創価学会は信仰心の薄い2世、3世信者をどのように顧客として繋ぎ止めるか?」です。

コメント
はえ〜ちゃんとした記事
面白かった
凄い勉強になったけど第2回の前にゲムぼくさん殺されてそう
管理人変わった?それかまた人格分裂した?
他の団体が強引な勧誘でガチ嫌われしている中で、ここは本当に上手いやり方ですね
お知らせが薄い…
名の知れている宗教の要素を片っ端から取り入れ、全てをエル・カンターレの一部と組み込むスタイルは宗教的には炎上マーケティングなのかもしれませんね。
で、こういうのってちんちん出さない方いいの?
明日から更新が止まったらそういうこと
普段おちんちんとおっぱいしか言ってない人が急に真面目な話するとビックリするな、面白かったけど。
熟女をマーケティングすることに活かせ
いつもの包茎記事でもないし、クソ滑り記事じゃないじゃん
普通に面白かったわ
ゲムぼくの記事で勉強できるとは思わなんだ。ためになった。
場末のエロゲー崩れ担当
ハチナイ担当
イチジク浣腸担当
縛りプレイ担当
たまに役に立つ記事担当
真面目な宗教記事担当
少なくともこの六人でブログは運営されているな
募集中のテーマがやばすぎて草
アカウント乗っ取られてない?
ここゲムぼく。ですか?
「なんでトランプの守護霊が日本語喋ってるんだよwww」というツイートが巡り巡ってマーケティングになってるというのは確かにすごいことかも。
例えば、そういうツイートをしてる人に「それは幸福の科学のマーケティングに繋がってるから止めた方がいいですよ」と言っても、良くてアンチ扱い、ヘタすると他宗教(創価学会とか)の信者だと思われるだけで、幸福の科学は何の不利益も受けないという訳か。
さすが大川隆法。「ぼくのかんがえたさいきょうのかみさま」みたいな設定してるだけのことはある。
youtuberの息子と揉めてるのが一番面白い
幸福の科学は「馬鹿のふりをするのが上手い」んですよね
「俺は賢いから幸福の科学なんかには騙されないぜ」って層の心理コントロールが上手い
小中の同級生に親が創価学会だって子がいたな。学生時代席がとなりで会話するくらいの接点しかないが、最近なぜか連絡とるようになった。最初勧誘かな?と思ったけど、単に友達になってくれただけだった。聞けば小中では嫌われてて友達がほぼいなかったそうな。その子の親は選挙で電話するくらい熱心だったようだが、2世のその子は勧誘にそこまで熱心でもなく、そもそも学会員ですらないのかもと思った。ラインで話す仲だが、向こうは結婚して子供もいるので、おそらく会うことはない。こちらが誘っても断る良識の良さがある。
おそらくだが、ちんこビンビンなの見抜かれてんだな、と直感した。
それ以来、創価学会、創価大学の文字をみるとムクムクするようになってしまったので、今年の駅伝はそのことがフラッシュバックして変に興奮した。
> 取り上げてほしいテーマ
近年ショップとかでオタクに声をかけて勧誘してくる顕正会とかこのブログ読者は頭に入れてた方がいいかなって
数年前に自分は一人でヨドバシのガンプラコーナーにいるときに声かけられて「今度飲みに行きましょう」って誘われ着いてったら新横浜の顕正会神奈川会館まで行くことなっちまったよ
ためになった。
次のテーマもすごく気になる。宗教2世,3世って親が入信してるから子供の頃に知らぬ間に付き合わされてて、大人になったら改宗する人がそこそこいそうなイメージなんだけど、実際どうなんだろう。
友達に創価学会の2世(母親が会員)がいる。
本人は別に信仰してないし集まりなどにも行ってないそうだけど、生まれたときから聖教新聞が家にあったりと日常の中には存在してて、それが余所と違うと知ったときは軽くショックだったらしい。
うちは曾お婆さんが最初期の創価学会に入信していた4世だけど、創価学会に対する風当たりがいまだに強くて創価学会信者ですとは言えないから日蓮宗(日蓮正宗ではなく)に改宗したい。幸福の科学ってうまくやってたんだなぁ。
相変わらずブログ記事の振れ幅がすごい。すごく面白かった。
母の実家(祖父母)が創価学会の信者でしたが、母は信者ではなかった(元々信者じゃなかったのか抜けたのかは不明)ので、自分も全く信じていません。
子供の頃は正月や夏休みに遊びに行くと「仏さんにお参りしいや」と毎朝お経を唱えさせられましたが、「おじいちゃんは昔の人だから仏様とか信じてるんだな」という認識でした。
そこそこ活動してるほうだと思う3世だけど子どもたちにはどうしたもんかなと思ってる
例え話を用いた心理学みたいなものだと感じていて、コミュニティに救われたこともあるんだけど(就職の口ききとかではなくカウンセリング的な意味あいで)
熱心な1世世代の人とはやはりジェネレーションギャップが大きい
新聞啓蒙とか今の時代にそぐわない気がするし
あとは実際仕事して家事して育児してたら活動はしんどいし、生活様式の変化も大きいような気がする
もともとボランティア的な部分も多かったと思うので人手不足もあるかな
気になってた事でもあるのでこのテーマは是非見てみたい
楽しみに待ってる
第2回、どうやって情報提供すればいいんだろう
DM?
このブログも、アイギス の記事で広く変態たちに訴求して、ハチナイのコアターゲットへの接触機会を増やす戦略があるのでしょうか!?